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田川自治会館  


田川自治会館
福岡県田川市新町18-7/1958年/鉄筋コンクリート造2階建
設計:熊谷建築事務所 施工:久保建設

前回に続いて福岡県田川市より、伊田地区の西側にある田川自治会館をご紹介します。訪問時は祝日で開いていませんでしたが、玄関には県介護保険広域連合 田川・桂川支部の表札が掛かり、他にも田川郡町村会などが使用しているようです。推測するに同市と周辺町村、すなわち旧田川郡の自治体が連携を図るために設置した拠点施設と思われます。

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中心市街地に程近い高台に位置し、隣接して県の田川総合庁舎があるほか、北西一帯には市営松原団地(かつての炭鉱住宅街の跡地)が広がります。ちなみに前回記事の最後に取り上げた旧・服部医院もこの近くです。

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竣工は1958(昭和33)年で、横に長い平面を持つRC2階建て。正面(南側)には立派な木が並んでおり、外観が非常に見づらい状態となっていますが…

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※『福岡の建築 1956-1959』より。画像クリックで新規タブ/ウィンドウへ移動

竣工当時の写真がこちら。玄関ポーチを支える独特な形状の柱や、2階全面に用いられたカーテンウォールが印象的で、中々にモダンなファサードだったことが分かります。構造的には特異な点は無さそうですが、大まかなイメージとしてはリーダーズ・ダイジェスト東京支社(1951年/アントニン・レーモンド)に通じるものがありますね。

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現在は先述した植木の存在に加え、カーテンウォールの改修によって当初の開放感が損なわれているものの、玄関ポーチについては原型を留めています。

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向かって右側の支柱。小文字の「y」のようなアンバランスな形状で、断面は楕円形。

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※画像クリックで拡大

表面は人造石小叩き仕上げ(?)で、石の粒を練り込んだモルタルに細かい横線が走っています。この仕上げは左側の支柱も同様です(写真)。

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玄関左脇に掲げられた「田川自治會館」の銘板。

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館内の様子もガラス越しに少しだけ。入って左手にはタイル壁画があり、ボタ山や香春岳を背景に、数羽の鳥が描かれているようです。一説によると田川(たがわ)の地名は鷹羽(たかは)に由来するそうで、となるとこれらの鳥はタカでしょうか。

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右手にある階段も何やら変わった造りのようで、祝日に来てしまったことが少々悔やまれます。もちろん、仮に平日に訪れたとしても、見学・撮影の許可が貰えるとは限らないのですが…。

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覗き見はこのぐらいにして、外観を時計回りに見ていきます。

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正面からは分かりませんが、玄関より左の部分(西側)は奥行きが長くなっています。「会館」という施設名称から考えると、恐らくこちらの2階辺りに集会スペースがあるのでしょう。

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建物西側より見上げる。

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北西より、左側面と背面。

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背面は至ってシンプル。外階段が一際目を引きます。

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右側面は引きが取れないので、敷地の外から遠景。

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敷地南東の石垣も中々見応えがあります。

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最後に、再び正面。

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数年前に参考文献でその存在を知り、以来何となく気になっていた建物。ファサードのほとんどが木々に隠れていること、タイル壁画を目前にしながらガラス越しにしか見られなかったこと…多少の不満や心残りはありますが、ともかく訪問を果たすことができただけでも良しとしましょう。

以上、田川自治会館でした。


【撮影年月】
 2016年2月

【参考文献】
『福岡の建築 1956-1959』福岡県建築士会/同/1959年

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category: 福岡県

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田川市の木造医院建築3件  

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去年の今頃に訪れた福岡県田川市の中心部より、古い医院建築を3件ご紹介します。いずれも詳細は不明ですが、昭和戦前~戦後期の竣工と思われる木造2階建て。


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福井クリニックの建物
福岡県田川市本町

1つ目は後藤寺のアーケード街の近く、福井クリニック(内科・消化器科・胃腸科)の敷地手前にある建物。一見単なる住宅のようですが、敷地の広さの割には随分と隅の方に建っており、また玄関脇には「ここは出入りできません」との注意書きとともに、背後に建つクリニックの出入口への経路を示した看板が見られます。これらの点から、現病棟が建てられる以前は診療所を兼ねていた、または診療専用の建物だったのではないかと思います。

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門構え。門柱と基礎は石貼り、塀は2色の玉砂利洗い出し仕上げです。

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玄関は左右非対称の構成に、青く塗られた建具が印象的。

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さらに左脇には飾り柱が付いており、幾何学的な彫刻模様が一際目を引きます。これは突き鑿(のみ)などの道具で木材を削り、表面を凹凸に仕上げる「名栗」(殴り、なぐり)という技法で、柄のパターンはこちらのサイトによると「網代柄」に近いようです。

有限会社 橘商店 > 名栗とは?

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敷地の右奥に現病棟があり、手前は駐車場です。塀の途切れ方を見るに、昔はこちらに住宅や庭園があったのでは、と想像します。

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おまけ。建物脇に「恩澤永劫」と刻まれた古そうな銘板がありました。恩澤(沢)とはめぐみ、いつくしみ、おかげ、といった意味とのこと。しかし、このような御影石の重々しい銘板、一体どこに掲げられていたものなんでしょう。


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旧 山本歯科
田川市日の出町

2つ目は伊田の国道沿いにある旧歯科医院。中央に玄関を設けたファサードは一見左右対称ながら、実際には窓と袖壁の仕様を変えて非対称としており、何とも独特で趣深い外観を呈しています。



建物は切妻造・平入りで、正面外壁のみオレンジの二丁掛けタイル張り。窓枠の水色や、窓回りの人造石洗い出しとの対比が鮮やかです。

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2階窓。向かって左は4枚の窓からなる横長窓ですが、右は横桟や欄間が加わり、寸法も若干違っています。

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また両端に付いている袖壁のうち、右の壁は横方向へ大きく張り出し、端部を斜めに切り落とした大胆な形状。

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一方、左のそれは前方へと控えめに突出し、壁自体も横へ倒れるように若干傾いています。

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もっとも側面の外壁は至って垂直なので、袖壁に付けられた傾斜や切れ込みは、恐らく純粋な意匠なのでしょう。

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少し離れた「伊田日の出町」交差点から。ちょうど緩やかな坂道に面していることもあり、こうした斜めの線をデザインに取り入れたのかもしれません。個人的には、田川で最も印象に残った建物の一つです。


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旧 服部医院
田川市新町

3つ目は日の出町交差点から西へ上った所。現在は下ろされていますが、数年前までは「服部医院」の看板が掲げられており、ググってみると内科・小児科の医院だったようです。モルタルによる真っ白な装いに、親しみやすい玄関回りなど、いかにも「まちのお医者さん」といった佇まいですね。

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妻壁には十字マークが付きます。

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角に面した玄関。緩勾配の薄い切妻庇、シンプルな飾り格子がモダンな雰囲気です。

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白く塗られた木製の門扉も良い味出しています。

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背面はL字に張り出しており、さらに後方には平屋建ての別棟が付いています。

以上、田川市の木造医院建築でした。

(撮影年月・2016年2月)

category: 福岡県

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直方谷尾美術館  


直方谷尾美術館 本館(旧 奥野医院)
福岡県直方市殿町10-35/1941年頃/木造2階建 ※国登録有形文化財、経済産業省認定近代化産業遺産

かな~り間が空きましたが…一昨年8月に訪れた直方市の街並み(⇒記事)より、改めて紹介いたします。直方谷尾美術館の本館です。

もともとは奥野医院(1913・T2開院、皮膚科)の診療棟だったもので、火災で焼失した先代の建物に代わり、1941(昭和16)年頃に建てられました。医院は平成に入って閉院しますが、明治屋産業*1 創業者の故 谷尾欽也氏が、同社の設立20周年を記念して購入・改装し、92(平成4)年に私設「谷尾美術館」をオープン。氏の死去後に遺族より市へ寄贈され、2001(同13)年から直方市美術館、通称「直方谷尾美術館」となって現在に至ります。

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※グーグルマップより引用・加工。画像クリックで当該ページへ移動

敷地は旧長崎街道から裏道まで伸びた細長い形で、寄棟屋根・鋼板葺きの建物が旧奥野医院。後方(東側)に連なる和風建築は、同時期に建てられた院長の住宅と茶室です。現在は旧医院を直方谷尾美術館の本館とし、同1階と南側の新館(1998・H10増築)を展示室、また旧院長宅を収蔵庫として使用しています。ちなみに旧医院・住宅・茶室の3棟は、2013(平成25)年にそれぞれ国の有形文化財に登録されました。


<外観・正面>

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それでは直方谷尾美術館本館、旧 奥野医院の建物を見ていきましょう。まずは旧街道筋に西面するファサードから。基壇・胴部・頂部による三層構成を基本とし、中央にポーチ付きの玄関を、左右に窓を2列ずつ設けた端正な外観です。

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玄関ポーチは古典的なデザイン。両隅にコンポジット式*2 風の円柱をあしらい、上部にはアカンサスの葉を巡らせています。

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窓はいずれも欄間+上げ下げ式による彫りの深い縦長窓です。中央2階(ポーチ上)のみ方立で仕切られた3連窓で、その他は1・2階と一続きになって垂直性を強調し、スパンドレル*3 に植物を象ったレリーフを配しています。

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外壁は亜麻色の二丁掛けタイル張り。ひと昔前の赤煉瓦や小口タイル、また同時期に流行したスクラッチタイルに比べて幾分こざっぱりした印象を受けます。この建物では安定感のある重厚なデザインがベースとなっているので、全体の雰囲気が重くなりすぎないように、敢えてこのようなタイルを用いたのかもしれません。

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<外観・側背面>

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次に、右側面から背面にかけて見ていきます。もっとも現状では右隣の新館に遮られてしまい、外部からはほとんど窺えないのですが…係員の方のご厚意により、通常は非公開の中庭へと入らせていただき、幸運にも見ることができました。

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案内されたのは館内の一角、新館との接続部分に設けられた小さな扉。普段は施錠されていますが、ここから建物の間を通り抜け、背面側にある中庭へ出られるようになっています。扉を開けると、ちょうど目の前に右側面が。

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1階では大きなアーチ窓が連続する一方で、2階には矩形の単窓と2連窓が併用されており、縦長窓が整然と並ぶファサードとは趣を異にしています。眼前に迫る風変わりな外観に、のけぞったり首をかしげたりしながら進んでいくと…

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思わず息を呑みます。何だこれは!(感動)

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とりあえず手前から順に見ていきましょう。建物は背面両端が張り出した「コ」の字に近い平面で、こちらは背面向かって左手の張り出し部です。

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この部分の1階はかつての手術室とのこと。部屋の三方に大きな窓を構えており、自然光を多く取り入れるには適した配置です。照明器具が発達していない時代ならではの工夫といえます。

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背面中央、2か所の張り出しに挟まれた凹部。ここはかつての洗い場で、井戸と勝手口の跡(写真)があります。

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洗い場に面した窓は実に多種多様です。形は矩形とアーチ、構造は上げ下げ・両開き・引き違い式、さらには縦横の寸法といった具合で、各面・各階で異なる6種類の窓が混在しています。

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続いて、旧院長宅と続きになった背面右手の張り出し部。接続部分の手前を半円形に突出させ、さらに2階平面の半径を若干狭めることで、大小2つの円筒を積み重ねたような特異な外観を呈しています。

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突出部1階はかつての応接間。また1階屋上の小さなスペースはバルコニーとなっているようです。

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応接間のすぐ隣には住宅の玄関が設けられています。実は新館が増築される前は正面右脇に通用門があり、そこから医院の建物を回り込む形でアプローチしていたのだとか。つまり、この中庭はもともと住宅の前庭を兼ねていて、住宅へ出入りする人にとってはこちらが正面だったという訳です。

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中庭には腰回りにスクラッチタイルを貼った土蔵もあります。今でこそ外部から閉ざされた空間となっていますが、当初は人目に付くのを想定していたことが窺えますね。


<内部その他>

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内部も簡単に見ておきます。展示室となっている箇所は大幅に改装されているものの、その他は比較的旧状が保たれているようでした。

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玄関ホール。風除室の内側にはステンドグラスが嵌め込まれています(拡大写真)。

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ポーチの装飾と対応させてか、円柱の柱頭飾りやシーリングメダリオン*4 にもアカンサスの意匠。

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現在はホール左手に窓口がありますが、当初は正面が受付だったそうで、丈の低いカウンターが残っています。

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入って右手が展示室で、左手へ進むと階段があります。残念ながら2階は立ち入り禁止となっていますが…

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曲がって奥にある旧応接室は、有難いことに休憩室として来館者に開放されています。

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木材を用いた温かみのある床・壁。天井の装飾文様も美しいです。

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また、旧医院にあったトイレが使用されていない関係で、住宅側にも少しだけ入れます。外観は全くの和風でしたが、階段手摺やトイレ外側のタイルには洋風の意匠が見られました。

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最後に、左側面。

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去り際にいま一度建物を眺めてみますが、ファサードの佇まいはやはり端正そのもの。この裏側に変化に富んだ外観が隠れていたとは…と改めて驚かされます。よくよく考えてみれば、表の顔は医院としての「公」、裏は住宅としての「私」といった具合に、公私の区別をデザインで表現しているのかもしれません。何にしても多彩な表情を備えていることには違いなく、今回の見学によって、個人的に直方でいちばん好きな建物となりました。

以上、直方谷尾美術館本館(旧 奥野医院)でした。


【脚注】
*1 福岡市に本社を置く食品販売会社。谷尾氏が直方市明治町で営んでいた精肉店を改組し、1972(昭和47)年に設立。現在は主力の食肉・加工品小売のほか、惣菜店・レストラン・スーパーの運営など、幅広い事業を手掛けている。
*2 イオニア式とコリント式の複合様式。
*3 外壁のうち、上下に重なった開口部の間にある部分。
*4 照明器具の取り付け部分に用いる円形の天井装飾材。シーリングセンターともいう。

【撮影年月】
 2015年8月、2016年3月

【参考】
『筑豊の近代化遺産』筑豊近代遺産研究会/弦書房/2008年
文化遺産オンライン > 直方谷尾美術館洋館(旧奥野医院)
直方谷尾美術館(公式HP)
 現地解説板

category: 福岡県

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新年の御挨拶+旅初め  



明けましておめでとうございます。早速ですが、正月に行ってきた山口県の萩市(と山口市小郡)への旅の模様から少しだけ、建物の状況についての耳寄りな?情報をお伝えします。



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▲旧 山口銀行小郡支店大正町出張所(山口市小郡下郷1315-4/1926年/木2/設計熊澤栄太郎)

まずは、小郡にある旧 山口銀行大正町出張所。1926(大正15)年に長周銀行山口支店小郡出張所として建てられた銀行建築です。昨年2月に小郡支店へ統合・廃止され、また当時の地元紙には「今後解体される見込み」とあったので心配していましたが、ダメ元で訪れたところ幸いまだ残っていました。

大正町出張所を 来年2月に廃止  山銀、小郡支店と統合山口新聞HP

ただし現在は空き家となっており、このまま今後も残り続けるとは限らないため、興味のある方は早めに見ておいた方が良さそうです。

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▲萩光塩学院 円形校舎(萩市東田町15/1955年/RC3)

お次はメインの萩市より、市中心部にある萩光塩学院 円形校舎。1955(昭和30)年に竣工したモダンな校舎ですが、老朽化により昨年から建て替え工事が行われています。それでも、これまたダメ元で訪れてみると、外観については一応原型をとどめていました。昨年5月にお別れ見学会が開かれたそうですが、工事関係者の方によれば、この正月にも少なからぬ人が見納めに来られたとのことです。

萩光塩学院HP > 高等学校 > お知らせ > ありがとう 円型校舎見学会のお知らせ

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▲萩市民館(萩市江向495-4/1968年/RC+S/設計菊竹清訓建築設計事務所/施工奥村組)

そして、バスで萩へ到着して早々、足場に覆われた姿が目に飛び込んできた萩市民館。現場の看板によると外壁の防水改修工事の最中で、工期は昨年12月上旬から今年2月末までとのこと。全く知らなかったので中々にショッキングでしたが、施設自体は通常どおり開館中であり、また館内では親切にもホール内部まで見学させてくださったため、すぐに立ち直ることができました(単純)。

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▲萩市立明倫小学校 旧校舎(萩市江向602/1935年/木2/国登録有形文化財、市指定史跡)

最後に、明倫小学校 旧校舎。こちらも保存・活用のための改修工事中で、4棟ある木造校舎のうち本館と2号館については、観光施設「萩・明倫学舎」として今年の3月初めに先行オープンする予定だそうです。萩への旅行や建築巡りを考えている方が現在いたとして、そう都合よくこの記事に目を通すとも思えませんが、もしそうであればこれらの情報を踏まえてご検討ください。

萩・明倫学舎HP



そんな訳で、萩市民館の外観や旧明倫小をしっかり見られなかったのは心残りですが、天気にも恵まれて非常に充実した旅初めとなりました。下関より先へと足を踏み入れたのは(趣味の一人旅では)初めてのことで、少しばかり世界が広がって気も大きくなったよう。そういった意味でも、新しい年の始めに相応しい旅行であったと思います。

それでは、2017年もよろしくお願いします。

(撮影・2017年正月)

category: その他

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雑記(2016年の転々)  


いつの間にやら2016年も残り僅かです。今年もあちらこちらへ出掛けましたが、2015年のネタの消費が中々追い付かず、結局ほとんど取り上げられませんでした。そんな訳で昨年末と同様に、個人的な備忘録と来年の予告編を兼ねて、この一年の歩みを小ネタを交えつつ振り返ってみます。




▲北九州銀行福岡支店の旧店舗跡地と呉服町ビジネスセンター(福岡市博多区店屋町、上呉服町)

まずは春先から。過去に紹介した建物に動きがあったので、福岡市の千代・呉服町辺りをウロウロ。北九州銀行福岡支店の旧店舗が解体され、裏側から通り向かいの呉服町ビジネスセンターが見通せました。なお、現在跡地は立体駐車場となっています。

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▲田川市石炭記念公園(福岡県田川市伊田2734-1)

別の日。筑豊三炭都の一角・田川市を訪れ、日没までひたすらに街並みを歩きました。写真の石炭記念公園(旧三井田川炭鉱伊田坑跡)は帰り際に少し立ち寄っただけですが、街中で見てきたものについては、来年いくつか紹介する予定です。

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▲旧麻生綱分炭鉱の遺構(福岡県飯塚市綱分)

また別の日には、同じく筑豊地方に位置する嘉麻市の旧稲築町と飯塚市の旧庄内町へ。庄内でのお目当ては庄内支所旧庁舎(旧庄内町役場)だったのですが…近隣にあるJAの新築移転用地に充てられており、残念ながら更地となっていました。

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▲救護訓練坑道と竪坑櫓基礎?(福岡県直方市直方692-4 直方市石炭記念館)

またまた別の日には、昨年夏に訪れていた直方市を再訪。向野記念館の開館日には合わなかったものの、石炭記念館をじっくり見てきました。上写真は石炭記念館の敷地内、旧救護訓練坑道を跨ぐ形で残る遺構。手前の銘板(写真)を見ると、どうやら過去に旧伊田坑から移設保存されていた竪坑櫓の基礎のようです。



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▲楠久川に架かる橋(佐賀県伊万里市山代町楠久津)

3月~4月は九州各地で銀行建築巡り。最初に向かったのは3月下旬の佐賀・長崎両県で、2泊3日の綿密な行程をどうにか遂行しました。上写真は伊万里市の楠久(くすく)の裏通りにあった橋。桁・橋脚ともにコンクリート製ですが、何故か間に丸太を噛ませています(写真)。

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▲日新ビルと長崎県印刷会館(長崎市出島町)

最終日は未だに訪れたことのなかった長崎市へ。メインの銀行を押さえつつ、県庁舎や市公会堂、二十六聖人記念館といった名建築をはじめ、様々な建物を見て回りました。写真は日新ビルと県印刷会館の並び。いずれも小品ながら好対照ぶりが印象に残っています。

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▲唐津市役所本庁舎(佐賀県唐津市西城内1-1)

また佐賀県内のうち、唐津線・筑肥線の沿線は日を改めて探訪。唐津市では市役所本庁舎と相知・浜玉支所(旧町役場)の建て替えが計画または検討されており、これらの庁舎建築も写真に収めてきました。

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▲JAにじ浮羽支店(福岡県うきは市浮羽町朝田584-1)

別の日には久大本線沿線(日田以西)で途中下車の旅。写真はついでに訪れたJAにじ浮羽支店(旧浮羽農協本所)で、まるで役場庁舎のような立派な佇まいです。この手の建物もどこか惹かれるものがあります。

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▲ふく天うどん(山口県下関市南部町26-1 やまと)

4月上旬には東九州へ長旅。九州といいつつ初日のメインは下関だったのですが、あいにくの雨に加えて冷たい風が吹き付け、昼前には全身ずぶ濡れになって寒さに震える始末。たまたま近くにあったうどん店に救われたものの、初日から無理してたら後々きついよなあ…ということで、予定を切り上げて大人しく宿泊地へ向かいました。

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▲坂を下ると瀬戸内海(大分県国東市国東町鶴川)

幸い翌日には天気が回復。2日目は大分県北部、3日目は熊本県の阿蘇地方をバスで回りました。写真は2日目に国東バスターミナル付近から眺めた伊予灘(瀬戸内海)。大分県の海沿いの雰囲気って独特で良いですね。内海なのと東を向いているのがポイントなんでしょうか。

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▲雨の飫肥城下町(宮崎県日南市飫肥5丁目)

4日目は再び天気が崩れたものの、日南市へ到着した昼頃には小雨程度に。城下町・飫肥(おび)での滞在は僅か一時間弱でしたが、目的の建物を撮り歩く傍ら、しっとりとした情緒ある雰囲気を楽しめました。ちなみに同市内では行政地区の吾田(あがた)、港町の油津(あぶらつ)にも見所が多いのですが、残念ながら行程上ほぼスルー。いつかは一泊してじっくり見て回りたい、魅力的な街です。

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▲JA福岡大城 城島支店(福岡県久留米市城島町城島307)

長旅を終えた翌朝。天気予報の晴れマークに反応し、急きょ筑後地方へ出掛けました。写真は久留米市城島町のJAの建物ですが…農協(戦前は産業組合)も金融機関のひとつである一方、銀行以上に沿革系統が複雑で、組合史もあまり出回っていないため、店舗の由来が中々突き止められません。この建物、いつ頃に建てられたのか気になります。

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▲久留米市役所本庁舎(福岡県久留米市城南町15-3)

GWには久留米の中心部へ。7時~19時と文字通り半日かけ、市街地の様々な建物を巡りました。写真の高層ビルは市役所本庁舎で、6年前には最上階の展望ロビーにも入ったな~と思いつつ、今回は祝日なので再訪ならず。ちなみに同じく故・菊竹清訓氏の設計ということで、議場の一部が張り出している点が福岡市庁舎(写真)とどことなく似ています。



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▲1級建築士事務所 清水研究所(大分県日田市淡窓2丁目2-4)

8~9月も九州各地へ足を運びます。まずは18きっぷ片手に1泊2日の豊州(豊前&豊後)旅行。1日目は春に続いて日田を訪れた後、久大本線沿線(日田以東)を巡りました。写真は日田市内で偶然出くわした可愛い建物。

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▲安川電機行橋事業所(福岡県行橋市西宮市2丁目13-1)

2日目は日豊本線沿線(大分以北)を巡り、別府・大分を訪れた後、春にやむなく断念した京築地域へ。昨年に行橋へ立ち寄った際はノーマークだった安川電機の工場建屋(同工場の前身である明治紡績時代の竣工と思われる)などなど、京築も色々と見所がありそうです。

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▲河童橋(佐賀市松原2丁目)

別の日。昨年GWに2日間滞在していながら見落としの多かった佐賀市を、日帰りで再訪してきました。ついでに以前紹介した河童橋(⇒記事の最後)にもリトライ。たもとに立つ長男カッパの手に触れると、ほんの数秒ですが橋から水が噴き出すという、遊び心あふれる仕掛けが施されています。独りカッパと握手しながら、思わずニヤニヤ…。

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▲八代市厚生会館(熊本県八代市西松江城町1-47)

夏の終わりには南九州へ。ここでも銀行建築をメインに据えつつ、2泊3日の行程で色々見て回りました。初日に降り立った八代市は熊本地震で被害を受けた街の一つ。写真の厚生会館は全館再開していましたが、地震で損壊して閉鎖された市役所本庁舎の前を通った時には、やはり何とも言えない気持ちになります。市庁舎は1972(昭和47)年の竣工で、建設省九州地方建設局が基本設計を担当した戦後庁舎建築の典型。かつては「いつか八代に行ったら見ておこう」と思っていたものの、このような形で目の当たりにすると、流石にカメラを構えることはできませんでした。

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▲JR西都城駅のホームから旧都城市民会館を望む(宮崎県都城市松元町、八幡町)

宿泊地は2泊とも鹿児島市内。2日目は朝から指宿枕崎線に乗って午前中にはとんぼ返り、午後は都城まで行って吉都線・肥薩線経由で戻るという行程で、鈍行と快速(1本)で行ったり来たりの一日です。鉄の端くれなのでそれは良いとしても、都城での滞在が90分弱というのはあまりに短すぎました。とりわけ旧都城市民会館。流し見程度で終わらせて良かったんだろうか、と少々不安になります。

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▲鹿児島銀行本店別館(鹿児島市金生町6-6/現存せず?)

3日目は鹿児島市内を散策。ちょうど3年前の同時期にも訪れていますが、当時のデータがいくつか駄目になったため、撮り直しがてら見て回りました。写真は以前紹介した鹿児島銀行本店別館(旧第百四十七銀行本店/1918・T7)。今年春に発表された同行本店の建て替え計画では、本店本館と泉別館の解体時期を明示する一方で本店別館には一切言及が無く、また国の登録有形文化財なので「なんだかんだ残すのかな?」と楽観的に見ていましたが…今になってみると、己の浅はかさに呆れるばかりです。



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▲九州大学工学部壁画(福岡市東区箱崎6丁目10-1 九州大学旧工学部本館4階)

秋~冬は一転してインドア気味となったものの、かねてより見たかった壁画(というか会議室)が特別公開されるということで、九大箱崎の旧工学部本館へ。この建物は保存される予定ですが、その他の大多数は保存対象となっておらず、中には既に解体されたものもありました。ぼちぼち過去記事に手を加えたいと思う反面、昨年秋の見学ツアーの写真にもほとんど手を付けてないな~とも。

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▲アクロス福岡屋上の眺望(福岡市中央区天神1丁目1-1)

今月初めには天神の1、4、5丁目界隈(渡辺通り以東)へ。いずれ紹介したい建物を撮り歩く折に、アクロス福岡の屋上展望台にも3年ぶりぐらいに上りました。天気は少し曇りがちだったけれど、そこそこ運動になったし良しとしましょう。

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▲西九州倉庫 前畑1号倉庫(長崎県佐世保市干尽町)

そして先日、昨年9月に訪れた佐世保を再訪。前回は改修中だった親和銀行本店 懐霄館と市民文化ホール(旧凱旋記念館)をはじめ、市街地の中心部から南東辺りを巡りました。夕方には旧海軍施設が民間に転用されて残る干尽町(ひづくしまち)をウロウロ。ちなみに丘の上にある干尽公園にも寄ったものの、肝心の展望所?を見落としてしまい、単なる山登りに終わったのは残念でした。上り下りする系の運動は当分しなくて良さそうです。



ということで、2016年最後の記事でした。今年の更新状況を振り返ってみると…今回を含めた記事の総数は21件。メインに位置付けていた「福岡市の建築」が僅か2件にとどまる一方、カテゴリを小分けした「福岡市以外の建築」は計6件、また「小旅行」は5件、「イベント関係」「ニュース関係」は2件ずつと比較的多め。ほか、雑記の「その他」と「お知らせ」が計4件となっています。

ブログの更新は少々滞り気味でしたが、今年は銀行建築巡りに本腰を入れたことで、結果的に九州各県の色々な街を歩き、また銀行のみならず様々な建物を見ることができました。一つ一つの記事の分量はさておいて、一つでも多く取り上げることに重点を置き、今後これらの建物を紹介していければと思います。

それでは、今年も当ブログをご覧くださりありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。

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