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2014/06/30 (Mon) 18:00

土井駅付近の煉瓦蔵

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土井駅付近の煉瓦蔵
福岡市東区土井3丁目/大正~昭和戦前?/煉瓦造

今回は小ネタです。JR香椎線の土井駅近くで出会った煉瓦造の蔵。

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2014/06/29 (Sun) 08:00

産恵ビル

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産恵ビル
福岡市博多区博多駅前4丁目3-2/1974年3月/鉄骨鉄筋コンクリート造9階建

住吉通り沿いに立つ、一見何の変哲もないオフィスビル。以前はその存在を気に掛けることもなく通り過ぎていましたが、ある日このビルを裏を通りかかったところ…

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2014/06/19 (Thu) 21:50

上山田原山の社宅街

今回は上山田の原山にあった社宅街をご紹介します。

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(1974年撮影 / 国交省の国土画像情報より引用・加工)

赤線で囲った部分が今回の社宅街。麻生山田炭鉱の社宅では炭鉱施設から最も遠い場所、南西に1kmほど離れた山裾にありました。私が山田炭鉱の記事を作り始めた当初は全く頭に入っていなかったのですが、後日手持ち資料を見返していると「草場」が2つと「猪野白谷」に続いて「上山田原山」と記載されていることに気付きました。

このやけに長ったらしい地名は「猪野白谷」と同じく大字と小字を組み合わせたものと思われ、恐らく上山田(かみやまだ)と原山(はらやま、はるやま)に分けられるのでしょう。なお現在の久山町の大字は久原・山田・猪野の3つのみなので、この上山田というのは合併以前の山田村の大字であると考えられます。

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2014/06/17 (Tue) 11:50

草場(南)の社宅街

今回は草場池の南側にあった社宅街についてご紹介します。

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(1974年撮影 / 国交省の国土画像情報より引用・加工)

赤線で囲った部分が今回の社宅街で、麻生山田炭鉱の社宅では最も炭鉱施設に近い場所にありました。

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2014/06/15 (Sun) 19:36

麻生山田炭鉱 専用水道

他の社宅街に移る前に、専用水道についても取り上げておきます。



山田炭鉱には麻生鉱業が整備した専用の水道設備があり、炭鉱施設や社宅に供給されていました。炭鉱の閉山後、工業用水は供給の必要がなくなり廃止されますが、生活用水については社宅で暮らし続ける人々のために事業が継続されます。しかし当時の麻生には閉山後の炭鉱に人手を割ける余裕はなく、残った職員だけでの維持管理が困難になったため、1969年6月に久山町へ移管され草場簡易水道となりました。その後も現在に至るまで町の管理となっているため、『久山町誌』において2ページ弱ながら紹介されています。そのうち施設の概要を述べた部分を以下に引用。

“給水区域は草場区(旧麻生社宅)で、給水人口750人、一日最大給水量150立方メートルを規模とする事業計画を申請、認可を受け、同年(=1969年)8月に給水を開始し、現在に至っている” “なお平成3年度の実績は、給水人口351人、一日最大給水量89立方メートルとなっている” 

※『久山町誌』上巻755頁より

麻生による私設水道であった点は水道施設の成り立ちとして触れられるのみで、麻生の管理下にあった時期の詳細については述べられていませんでした(当然ですが)。ただし同書の他のページにも目を通すと、この専用水道は久山町内の水道としては比較的早い時期に整備されているようで、山田炭鉱の社宅街が当時としては先進的な生活環境にあったことは容易に想像できます。



前置きが長くなりましたが、専用水道の現況を見ていきましょう。

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2014/06/14 (Sat) 21:36

草場(北)の社宅跡

今回は草場池の北側にあった社宅街のうち、建物が解体され跡地の再利用もなされていない2つのブロックについてご紹介します。まず前回も使用したこちらの画像を。

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(1974年撮影 / 国交省の国土画像情報より引用・加工)

前回紹介した社宅街からそう離れていない場所、青線で囲った部分が今回の社宅跡です。いずれも山田炭鉱の社宅としては標準的な木造平屋の2軒長屋の建物が建っていたようです。

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2014/06/13 (Fri) 18:13

草場(北)の社宅街

今回は草場池の北側にあった麻生山田炭鉱の社宅(炭鉱住宅)街についてご紹介します。長いこと炭鉱遺構の記事が続いたので、まずは閉山後の航空写真で社宅街の位置を再確認。

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(1974年撮影 / 国交省の国土画像情報より引用・加工)

中央に写る灰色の山がボタ山で、その麓が炭鉱跡地。赤い線で囲った部分が今回ご紹介する社宅街です。社宅は木造平屋建で、基本的には1棟に2戸が入る二軒長屋タイプ。建物は炭鉱の閉山後に払い下げられているようで、外装の補修や庭に張り出す形での増築が目立ち、また1棟のうち半分だけ戸建て住宅に建て替えられているケースも見られます。

しかし、1974年の航空写真で20棟ほど確認できる二軒長屋のうち15棟程度が現存しており、建物自体の状態はともかく社宅街としての残存状況は比較的良いと言えます。このエリアは山田炭鉱で最も早い時期に整備された社宅街のひとつなので、多くの社宅が今なお現役の住宅として使用されているのには少々驚きました。

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2014/06/09 (Mon) 00:26

糟屋郡がストリートビューで閲覧可能に

さきほど暇潰しに福岡市のオフィスビル情報サイトを眺めていたのですが(なんつー暇潰しだ)、とある物件の外観をグーグルストリートビューで見た時にあることに気付きました。

「ストリートビューが更新されてる!」

つい最近までは2012年頃に撮影された画像が使用されていたと思うのですが、いつの間にか2013年~2014年の年末年始にかけて撮影されたものに更新されていました。そこで気になったのが福岡都市圏であるにも関わらずストビュー未対応だった糟屋郡。ちょっと前に筑豊地方も対応したし糟屋郡もそろそろ来てないかな…と思って確認してみると、有難いことに本当に対応してくれていました。

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2014/06/06 (Fri) 20:53

ここ最近の気になるニュース5件+1

ここのところ山田炭鉱の記事が続いているので、気になるニュースや出しそびれたネタが大分溜まっています。今日はそれらの中から5件と1件だけ、簡単に綴っておきます。


ダイエー熊本下通店が閉店(5月11日)

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▲最終日の営業が終了し、閉鎖されたダイエー熊本下通店(熊本市中央区)の正面玄関 / 5月11日20時19分撮影

百貨店で起きた火災としては史上最悪の大惨事となった熊本市の大洋デパート火災(1973年)。その旧大洋デパートの後継店舗として永らく営業してきたダイエー熊本下通店が、ビル建て替えのため先日閉店しました。そういえば私は昨年12月の雑記で「閉店までに見に行かねば~」などと言っていたのですが(旧大洋デパート 来年解体へ)、2014年になった実感すら湧かないままこの半年を過ごしてきてしまったので…ええ、すっかり忘れていました。

さらに情けないのが、思い出したのが営業最終日(5月11日)の夜になってからだったということ。たまたま福岡市から熊本に戻る途中の高速バスの車内だったため、その時は「通町筋(=ダイエーに近いバス停)で降りればギリギリ閉店に間に合うかな」などと考えていたのですが…最終日は18時で営業終了となっていたため余裕でアウトでした(通常は22時閉店)。自分の中ではずっと「いつか見に行こう」と思っていたつもりだったのですが、やっぱりこういうことは後回しにしてはいけませんね。


(関連リンク)
昭和のスーパーマーケットどっとこむ - ダイエー熊本下通店
営業最終日の様子や館内の造りはこちらのサイトで紹介されています。

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