九州大学 旧工学部本館

九州大学 旧工学部本館
福岡市東区箱崎6丁目/1930年11月/鉄筋コンクリート造(一部SRC造)地上5階地下1階建
設計:倉田謙 施工:清水組
帝国大学として設置された1911年以来の歴史を誇る箱崎キャンパスにおいて、とりわけ風格を感じさせる佇まいの近代建築物。煉瓦造の先代の建物が火災で焼失したことを受け、2代目の工学部本館として1930(昭和5)年に建てられました。同学部が伊都キャンパスに移転した現在も、各種施設や総合研究博物館の展示室などが入る現役の建物として使用されています。
建物は中央に玄関と塔屋を配し、両側に翼部を広げた左右対称のスタイル。平面構成は単純な横長ではなく、中央を後方、両端を前後方に張り出し、ちょうど綺麗にレタリングされたような“E”字型となっています。塔屋を備えた中央部は5階建て、その他の大部分は3階建て。
(2014年12月6日追記:写真の追加や文章の加筆・修正を行い、記事を再構成しました)
(玄関周辺)

玄関前より中央部を見上げる。今回は外観を後回しにして、玄関周辺から見ていきます。

玄関は車寄せを備えた立派な造り。ポーチは4本の円柱に支えられています。


車寄せスロープ。現存する九大の近代建築では唯一、スロープの舗装に小舗石が用いられています。



ポーチの根元を支えるようにして設けられた、1対のコンドルの彫刻。

円柱の詳細。


ポーチ天井の照明と煌びやかなステンドグラス。

梁はデンティル(歯飾り)のような装飾で縁取られています。

入口は柱で3つに仕切られた特徴的な構造。ただし開口部の外側は斜めに開いており、閉鎖的な印象は受けません。ちなみにこの入口の構造とポーチを円柱で支える造りは、馬出キャンパス(病院地区)の基礎研究B棟(1935年竣工)に受け継がれています。


潜って両側にはカウンターを備えた窓口。

正面の石段の上に玄関があります。

玄関扉の詳細。


ポーチ天井に加え、玄関と両脇の窓の欄間にもステンドグラスが嵌め込まれています。いずれも植物をモチーフとした絵柄のようです。
(内装)

このまま館内の様子を見ていきます。目に付く部分には改装が重ねられており、パッと見では特に古さは感じません。

玄関入って目の前、建物中央にはエレベーターと階段が設けられています。

階段を下りて地階へ。ここでも装飾等は見られませんが、天井が低く柱の多い堅牢な造りが時代を感じさせます。

翼部の突き当りにある階段室へ。ここは当初のデザインをよく残しています。



どっしりと構えたコンクリート製の手摺。素材感とは対照的に軽やかなベージュで仕上げられ、透かしのグリルや親柱のレリーフも良いアクセントとなっています。

同じくベージュのタイルが縦方向に貼られた側面腰壁。階段に合わせてか段々に上っていく目地が印象的ですね。

天井の隅も少し凝った仕上げ方です。

そのまま翼部の階段室を上っていくと塔屋となり、屋上に行き当たります。

翼部塔屋より、扉越しに建物中央部を望む。

階段室を振り返る。反対側(建物外側)には四角い窓が4つ並んでいます。

翼部の階段室を後にし、建物中央へ戻ります。中央の階段はエレベーターを囲い込む形になっており、装飾を備えた手摺などは見られませんが…



天井の折れ方に注目。EVに絡みつくような、何とも言えないうねり具合です。

中央の階段を上り3階へ。フロアの一角に九大の総合研究博物館の常設展示室があります。


大学所有の史料や標本などの展示内容はもちろん、衝立や棚といった古い調度品も興味深いです。平日10時~16時開室、入場無料。

続いて4階の第二会議室へ。重厚な木製扉が出迎えます。


欄間窓から僅かに覗える会議室内の天井。豪華な仕様の照明が下がり、梁には装飾が施されています。

廊下には古そうなコート掛け(?)も。館内のほとんどが現代的に改装されている中、この部屋だけは室外からでもただならぬ雰囲気が感じられます。

※画像クリックで拡大
掲示されていた案内によると、室内には戦前の洋画家・青山熊治(あおやま くまじ)による巨大な壁画が飾られているとのこと。説明文にあるように、この壁画は氏の遺作となったようで、文化的な価値は大変高いと思われます。他にも昭和天皇行幸時の玉座や絨毯敷きの床など時代を感じる仕様がよく残っており、イベントなどで一般公開されることもあるそうです。

いつかは室内を見てみたいものです。4階を後にし、いよいよ最上階へ。


5階は展望塔屋であり、上部に回廊を設けた二層構造となっています。


スマートな鉄製階段を上って回廊へ。

東側の眺望。目下に本部第一庁舎、その向こうにJR鹿児島本線の高架(885系特急が通過中)が見え、遥か遠くには福岡都市圏と筑豊地方を隔てる三郡山地がそびえています。

北側。キャンパスに立ち並ぶ良い意味で無機質な建物、彼方にはアイランドシティ(人工島)のアイランドタワースカイクラブ。

南側には箱崎から市中心部にかけての街並みが広がります。ちなみに撮影時(2012年春)は筥崎宮外苑にてシルク・ド・ソレイユの「クーザ」が開催中で、写真にもドームテントがちらりと写っていますね。


回廊内部。竣工当時は周辺地域にここまで高い建物は存在せず、展望の良さや物珍しさから訪れる市民も少なくなかったようです。

現在では人の出入りもほとんどなくひっそりとしていますが、そのぶん気ままに景色を堪能できる心地良い空間であるといえます。

ほか、展望塔屋から眺めた建物本体の外観。キャンパス内の他の建物でも見られますが、壺のような形のダクト先端がユニーク。

建物頂部を間近に。遠くから見た際の帯状の陰影は、こうした形状の役物タイルを重ねることによって生み出されています。


先程とは逆に、展望塔屋から翼部の階段室の塔屋を望む。
(外観)

お待ちかねの外観。正門付近からの遠景ですが、それでも全体像が収まりきらないほどの偉容を誇ります。

外観上の最大の特徴は何といっても中央にそびえる展望塔屋。また両脇を半円筒状に張り出している点も、ファサードをより強烈に印象付けています。
なお正面デザインをはじめとして、北九州市の門司区役所(同年竣工)と似通った特徴が随所に見られますが、これは設計者が同一人物であることによるものです。

外装は茶褐色のスクラッチタイル張り。窓回りなど要所には溝のないタイルを使用し、また窓台は斜めに並べるなど工夫を凝らすことで飽きの来ない外観となっています。


左側面から時計回りに移動しつつ、外観の特徴を見ていきましょう。翼部の階段室には壁面を僅かに窪ませた円形の意匠があり、これは同じ工学部の旧高周波電気及電子工学実験室(1931年竣工)に受け継がれています。ちなみに階段室内部の屋上付近に並んでいた四角い窓は、外から見るとこんな感じになっていたんですね。


外観全体における印象ではファサードの半円筒に劣るものの、建物コーナーや窓の両側もしっかりとアールで仕上げられています。それにしても日差しに照らされたスクラッチタイルの質感がたまりません。タイル一枚一枚ではなく壁面で見ると、何だか絹織物のような光沢ですね。

背面。ほぼ全ての窓はアルミサッシに交換されていますが、枠のカラーを茶色とした点に外観への配慮を感じます。建物3階の窓はよく見ると独特な造りで、尖塔アーチのてっぺんを埋めたような形状です。このタイプの窓は正面中央では4階部分に配され、また九大の建物では先行して旧応用化学教室(1927年竣工)に採用されています。


半地下となった地階の窓にも、欠円アーチに交じって同様の形状が確認できます。なお現在はほとんど植木の陰に隠れていますが、基壇部はこうして表面の粗い石材で仕上げられており、タイル壁とのコントラストが印象的です。

中央背面に張り出した部分は窓の幅が広く、間には柱型が並ぶなど他の部分と比べ少し特異な外観となっています。内部には大講義室などがあるようです。

中央塔屋の後頭部。

右側面の階段室と出入口。こうした出入口の庇や正面玄関の一部には、内部でも見られたベージュが効果的に用いられています。

最後に、正面をざっと見ていきます。




落ち着いた色彩や頂部の陰影が建物の外観を重厚なものにしていますが、随所に使用された曲線や大胆な構成からはどこか伸びやかさも感じます。これまで見てきたように外観は竣工当時の雰囲気を概ねとどめており、内装も相応の改造は見られるものの荒廃した雰囲気は一切なく、建物が大切に使用されてきたことが分かります。

竣工直後に周囲に植えられた木々も今では大きく成長しており、中には建物3階に達する高さにまで伸びたものもあります。こうした点も含めて、大学の歴史を象徴する非常に価値の高い建物であることは間違いないでしょう。

移転計画も最終段階に入り、いよいよ再開発が近づいてきた箱崎キャンパスですが、一部の歴史的建造物は跡地売却にあたり保存・活用を条件とすることが決まっています。この旧工学部本館もその内のひとつであり、とりあえず解体を免れる可能性が高いということで安心しました。今後も九大のみならず箱崎の街、そして福岡市を代表する建築物であり続けてほしいですね。
以上、九州大学旧工学部本館でした。
(撮影年月)
・2012年
3月)001~041
7月)042~049
11月)050~052
・2014年
9月)053~060
11月)061~078
スポンサーサイト
コメント