九州大学 旧応用力学研究所本館

九州大学 旧応用力学研究所本館
(旧 法文学部本館)
福岡市東区箱崎6丁目/1925年/鉄筋コンクリート造(一部SRC造)4階建
設計:倉田謙 施工:岩崎組(建物正面)、佐伯工務所(建物背面)
本日より九州大学箱崎キャンパスの歴史的建造物を紹介していきます。まず今回取り上げるのは、法文学部の本館として建てられた旧・応用力学研究所本館。数年前に閉鎖されて以来長らく放置状態にあり、現在建物は廃墟の様相を呈しています。
場所は正門を入ってすぐ左手。立地としては同キャンパスのシンボルである旧工学部本館よりも目に付きやすい建物です。
全景。内部に中庭を設けた「口」の字型の大きな建物で、石造建築を思わせる外壁仕上げや左右対称の構成が建物の佇まいを堂々としたものにしています。竣工は1925(大正14)年2月。九州大学では最初期のRC造建築となります。なお工事は2期にわたって行われ、翌年3月に建物背面(西側)が竣工し現在の姿になったとのこと。
建物は周囲も含め立入禁止となっているので、柵の外側から外観を見ていきましょう。建物正面から順に時計回りに進めます。
・建物正面(東側)

まずはファサード中央、玄関周辺から。

何といっても目が行くのが、この存在感のある玄関ポーチ。一辺あたり7本の配置で円柱を三方に並べ、それぞれ中央の3本を切断して開口部を設けたような面白いデザインが用いられています(説明が下手ですね、すみません)。


ポーチ内部。玄関扉はすっかり塞がれてしまっていますが、天井の隅や照明に意匠が残ります。

一旦退いて玄関の全景を。正面に階段、左右に車寄せスロープを配するオーソドックスなスタイル。

玄関は建物2階に通じており1階は半地下となっています。そのため玄関はかなり高さがあり、正面の階段の段数は実に12段を数えます。

階段とスロープの要所には帯状の意匠が施されたブロック。一見全て同じデザインに思えますが、よく見ると階段下の2つは他よりも少し凝った模様になっています。

スロープ側面。モルタルが剥離した箇所から見て取れるように、内部には煉瓦も使用されているようです。

スロープ末端は微妙に外側へ開いています。以前述べた「この様式は医系施設に共通する特徴かもしれない説」は残念ながらハズレだったようです。

続いて中央上部の塔屋に目をやります。窓の配列に合わせて庇のアーチが3つ連なり、それらを支える列柱の柱頭のごとくレリーフが並んでいます。

さらに中央3~4階の窓回りに目を凝らすと、渦巻き状のタイル模様や小さな彫刻で賑やかに飾られていました。

遠巻きに建物を眺める際はモルタル洗い出し外壁の重厚さが多くを占めますが、近くで観察すると意外に親しみやすい、良い意味で気の抜けた印象を受けます。

また随所に用いられた曲線も、そうした柔らかな印象を与えるのに貢献しています。玄関ポーチの円柱や円弧状の庇、コーナーをアールに仕上げている点はもとより…



2階窓にまで達する基壇部に施された意匠の存在も見逃せません。この特徴的な意匠は校倉造りをイメージしたとも言われ、丸太を積み重ねたような凹凸が織り成す陰影が非常に美しいです。

ちなみに少しだけ気になったのが、建物の四隅に張り出したこの部分。塔屋と同様に円弧状の庇を有しているものの、塔屋に比べると余白が多く、少々のっぺりとした感じです。

しばらく考えたのち、その違和感の正体は庇がコーナーまで伸びていない点にあると気付きました。正面塔屋と背面中央部の庇は側面から裏まで回って四方を囲んでいますが、こちらの庇は正面のみで完結してしまっています。

窓が存在しない玄関側はともかく、側面には同じく一面だけの庇があり、間を継ぎ足して両者を繋げる選択肢もあったはず。勿論そもそも機能上そのような必要がないとはいえ、こうして建物四隅のコーナーに庇を設けなかったことにより、結果的に正面塔屋・背面中央部の装飾性の高さが際立っているように思いました。

長々と書きましたが、要するに「外観上の主な要素が建物中央部に集約されている」というお話です。だったら最初から簡潔にまとめろよ、と言われたら返す言葉もありません。以下、なるべく文章は最低限に抑えます。
・左側面(南側)






煙突と銀杏。
背面(西側)

背面両側の張り出し部分は窓が3列しかなく、正面に比べると幅が少し狭くなっています。



というのも、7×7列の窓を有する背面中央部が大きく幅をとっているためです。当然ながら庇のアーチも7連となり、スケールの面では正面のそれを上回ります。側面の窓の配置を見る限り、恐らく内部には段状になった広い講義室があったのではないでしょうか。

また正面塔屋と異なる特徴として、コーナーにもぺったりと張り付くようにしてレリーフが存在することが挙げられます。意匠は概ね他のレリーフと同じですが、真ん中(ちょうどコーナーの部分)には車輪のような円形の模様が5つ並んでいます。一連のモチーフが植物であると仮定するなら、この模様は茎の断面だと思うのですが、どうなんでしょうね。



煙突の詳細。断面は頂部のみ円形で、大半は八角形。表面は建物外壁と同じモルタル洗い出し仕上げ、加えて頂部を濃いグレーに色分けするという素晴らしく美しい煙突です。さらには一度登ってみたくなる素敵な梯子まで付いています。



1階(半地下)窓のグリル。普段目にすることはまず無いであろう凝ったデザインで、九大の建物の中でも異彩を放っています。

背面中央の階段。少々粗末な改造を受けているため単なる階段にしか見えませんが、もともとの形を想像すると裏玄関のような扱いだったのではないかと思います。

建物中央と四隅の突出部には円弧状の庇がありますが、それ以外の部分では軒にタイルの帯が巡らされ、また4階窓の上には正面と同じく渦巻き模様が見られます。装飾の繊細さ、デザイン性の高さを改めて感じます。
・右側面(北側)

最後に北側を旧工学部本館の塔屋より。こうして見ると分かりやすいですが、かなり奥行きのある建物です。側面は主立った特徴がないぶん、整然と並ぶ縦長窓が一番の魅力になると思います。


正面側。

背面側。

戦前竣工の鉄筋コンクリート造建築、それもモルタル洗い出し仕上げの外観ということで、個人的には最も好きな九州大学の建物のひとつです。しかし竣工年が早いうえ放置期間も長いことが災いしてか、一昨年の調査での評価は「老朽化が著しく構造物としての寿命に達している」という衝撃的な内容でした(※)。当然この建物の再活用は極めて困難であり、キャンパス完全移転後は恐らく解体を免れないと思われます。
※…「九州大学箱崎キャンパスにおける近代建築物の調査ワーキンググループの評価報告」より
もともと文系学部の建物だったのが理系の研究施設として使われていた訳なので、館内はあまり原型をとどめていないとは思いますが…仮に解体されてしまうなら、せめて一度だけでも内部を見てみたいものです。いつものように間延びした内容になりましたが、以上、旧応用力学研究所本館(旧称・法文学部本館)でした。写真の撮影年月は以下の通り。
2012年3月)001、002
2012年11月)003~005
2013年2月)006
2014年9月)007~013
2014年11月)014~051
【関連リンク】
◎レトロな建物を訪ねて > 九州大学旧法文学部本館 …建物が閉鎖される以前の記事で、館内や中庭の様子も紹介されています
(今後の予定)
ようやく写真がひと通り揃ったので、冒頭で述べたように九州大学箱崎キャンパスの建物の記事を少しずつ書いていきます。先述の調査の対象となっていたものや、『福岡の近代化遺産』の巻末リストに掲載されている物件を中心に紹介する予定。ただしシリーズものの更新は(私が)飽きてくるので、いつものようなネタを途中に挟みつつ進めていくつもりです。
【関連ページ】
・九州大学箱崎キャンパスの近代建築
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コメント
No title
最近レンガ造りの古い建物に興味を持つようになりました。
正面玄関の階段のモルタルの崩れた所にレンガが埋まっていたような記述があり、気になりました。
建物自体もレンガ造りで、あとからモルタルでレンガを埋め尽くしてしまった、という可能性はあるでしょうか。
2022-01-16 17:09 URL 編集
Re: No title
この建物について言うと、その可能性は無さそうです。九州大学の資料文献によれば、構造は鉄筋コンクリート造(一部鉄骨鉄筋コンクリート造)であると明記されています。2012年の評価報告書のPDFがネットで見られます。 ⇒https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/36443/1/siryou2-1_dai5kaiiinkaisankousiryou.pdf?20170405133715
それから、完成当初の写真が「写真目録九州帝国大学時代」のページに載っています。建物がまだ前半分しか完成していませんが、この頃からモルタル仕上げの外観だったことが見て取れます。 ⇒http://www.arc.kyushu-u.ac.jp/attachment/catalog/images/1421/preview/63F9.jpg
玄関スロープにレンガが使われていたのは、そこまでコンクリートで作る必要はないからだと思われます。一方で、建物自体との調和を図るために、表面を同じモルタルで仕上げたのでしょう。
ただ、ご指摘のように後からモルタルなどで覆って改修するケース自体は確かにありますね。私も古い建物を見るときは「昔は違う姿だったのかも」という視点を忘れないようにしています。
2022-01-18 00:35 クータロ URL 編集