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香椎花園前駅 駅舎  


香椎花園前駅 駅舎
福岡市東区香住ケ丘6丁目/1949年/木造平屋建

香住ケ丘界隈のネタをもう一つ。西鉄貝塚線(旧宮地岳線)の香椎花園前駅の駅舎をご紹介します。駅自体の開業は西日本鉄道が発足する以前、博多湾鉄道汽船時代の1941(昭和16)年のことで、今回取り上げる現在の駅舎は1949(昭和24)年の建築とのこと。

香椎花園前駅 (Wikipedia)

当駅付近ではほぼ南北に路線が走っており、西鉄が運営する遊園地・香椎花園(かしいかえん シルバニアガーデン)が存在する線路西側に駅舎が建っています。

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駅舎の規模はごくごく小さなものですが、戦後の明るい雰囲気を感じさせるモダンなデザインが採用されています。

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まず目に付くのが特徴的な屋根の形。一般的な切妻屋根を「山折り」と表現するならこちらは「谷折り」といったところですが…調べてみると、こういうのはバタフライ屋根というそうです。

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さらに駅舎の造りも一風変わっており、駅員室やトイレを除く大半が壁のない開放的なスタイルになっています。思えば規模や構造の差異こそあれ、JR吉塚駅(博多区)の旧駅舎もこんな感じだったような記憶。

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出入口側の屋根を支える骨組み。パステルグリーンに塗られ、軒回りの淡いピンクとの柔らかな対比を見せています。ちなみに写真でしか見たことのない頃は鉄骨だと思っていましたが、実際は木骨でした。

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駅舎の内部(?)。改札は窓口とICカード専用の簡易改札機での対応となっているほか、左側に臨時改札口も設けられています。ちょっと驚いたのが「定期券拾得物ご案内」「伝言板」なるものが残っていること。少なくとも福岡市内だとかなり希少な存在ではないでしょうか。

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駅舎についてはこんなもんですが、もう少し駅の様子を見ていきましょう。

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駅北側の敷地外より構内を撮影。以前は千鳥状にホームが配置された相対式2面2線の構造でしたが、2007年に旧宮地岳線の西鉄新宮~津屋崎間が部分廃止された際、運行本数が減ったことから2番ホーム(上り線、駅舎と反対側)が撤去されました。ただし2番線の線路はそのまま残されており、駅舎側にのみ片面ホームを備える1面2線となっています。

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続いて駅前の風景。写真右奥が香椎花園で、駅を出てすぐ左手に入園ゲートがあります。

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駅前のロータリーを回り込む形で移動します。

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駅裏手の丘は数年前に切り開かれ、西鉄グループの分譲マンションとスーパーマーケット(にしてつストア香椎花園店、写真)が建ちました。

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駅舎の斜め前には西鉄バスの香椎花園前バス停があり、また一つ挟んで右隣には香住ケ丘交番も存在します。

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最後に、駅南側から構内を。

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ホーム南端部には煉瓦が確認できました。恐らく開業当初からのものでしょう。

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遊園地の目の前という立地が影響している面も大きいですが、建物の構造や色使いが明るく開放的な印象を与える、市内のみならず福岡県内でも屈指の名駅舎だと思います。加えて西鉄の駅舎として見ても、現存するものでは甘木線の甘木駅(1948年築、朝倉市)に次ぐ古い存在。これからもできるだけ長く、この地に在り続けてほしいですね。

以上、西鉄香椎花園前駅でした。


(おまけ)

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駅の北側すぐ近く、大石ヶ浦公園の片隅にあった区画整理の記念碑。現代の感覚だとやや読みづらい部分など、所々に注釈を入れつつ碑文を書き起こしてみます(暇人)。

香椎土地区画整理竣功記念

赤松の疎林を拓き 岩石を鑿
(うが)ちて道を創り 丘を均 (なら)して家を建て ここに工事全く成る よつて記念に碑を建て 経過の大要を記して碑文とし 関係者の労をねぎらう
この事 第二次世界大戦による住宅不足の緩和策たる 宅地開発計画の一環として始めらる 此
(こ)の地 粕屋郡香椎町唐原浜男の一部(現在福岡市)を選び 鍬 (くわ)入れを行ひしは 昭和24年4月にして 面積凡 (およ)そ42万坪 まづ駅前広場を整備し 幹線道路を作り 県営住宅200余戸を建つ 併せて井を掘り水を引き 住宅地帯としての 面目を具 (ぐ) (ゆう)するにいたる
翌25年 初の入居者によりて 霞ヶ丘(現在香住ヶ丘と称す)と地名を定む 赤松の林 樟
(くす)の森 竹林の丘に霞たなびき 浜男潟の入日 立花山の暮 (ぼ) (しょく)を眺めて 来り住む者自らこの地名を定めしならん 年を重ね 戸数増加し 道路隈なく開通し 昭和29年度 工事の大略を終了せり 次いで 翌30年度 公園の施工 道路の補修 換地精算登記 町名地番の書替へをも了して 全工程を終る
(おも)へば当初ポールを立て トランシット (=測量用の器具)を運ぶに 籔をはらひ地を匍 (は)ひて 路線を撰定せし労苦夢の如きものあり
道なきに道を創り 家なきに家を建て 地
(ち) (ぼう) (あらた)まり今新しき町作り全く終る

昭和31年1月
福岡県香椎建設事務所


駅名まで明示されている訳ではありませんが、香椎花園前駅の駅前広場が整備されたのは昭和24(1949)年4月と読むことができます。ということは駅舎新築と駅前広場の整備は同じ年となるので、恐らく現在の駅舎は一連の宅地開発の流れの中で誕生したのでしょうね。

ちなみに国土地理院の航空写真で確認すると、1950年代前半に北側が拡張されて以降、駅前広場の姿はほとんど変わっていないようでした。つまり2番ホームの撤去などを除けば、駅全体が半世紀以上前の姿をよく留めていることになります。心なしか時間がゆっくりと流れているような、何となくのんびりした雰囲気を現地で感じたのですが…なるほど納得いたしました。

(撮影年月:2015年1月)

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