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【八女市&筑後市の旅】筑後羽犬塚の街並み  

<八女市&筑後市の旅(4) 筑後羽犬塚の街並み>

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福岡県南部、八女市&筑後市の旅行記事の最終回。今回は八女市訪問の前後に2時間ほど見て回った、筑後市の羽犬塚駅(JR鹿児島本線)周辺の街並みをご紹介します。

羽犬塚駅は九州初の鉄道会社である九州鉄道によって1891(明治24)年に開業。国有化後は1945年に矢部線(85年廃止)が分岐開業するなど、九州の大動脈・鹿児島本線における主要駅の一つとなり、特急も停車するようになりました(※)。もともと羽犬塚は薩摩街道の宿場町でしたが、近代以降は駅を基点とした新たな市街が形成され、現在では筑後市とその周辺における中心的な地域となっています。

※…九州新幹線が全線開業した2011年春以降、特急の本数は朝夕のみ数本に激減。なお新幹線駅は隣の船小屋(現・筑後船小屋)に設置され、羽犬塚に新幹線は停車しない

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※画像クリックで拡大

羽犬塚(はいぬづか)の地名の由来については駅前の看板を参照。大きく分けて2つの説があるそうですが、いずれの話も「の生えた(ような)を葬った墓=があり、その経緯には豊臣秀吉が関わっている」というのが大筋です。

それでは本題に入ります。午前中に駅に到着してから、レンタサイクルの貸し出しが始まる時間まで、駅前を少しだけ歩いて回りました。まずは東へ伸びる駅前道路(諏訪通り)の北側のエリアから。

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筑後市山ノ井の建物
福岡県筑後市山ノ井/昭和戦後~後期/木造2階建

やや奥まった場所にある建物。切妻が2つ連なった形をしています。

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一見何の変哲もない建物ですが…この二手に分かれた玄関が気になったので。一般的には銭湯によく見られる造りですが、扉に残されたステッカーを見ると、どうやらここは何らかの飲食店だったようです。

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旧 恵比須屋旅館
筑後市山ノ井/昭和戦前~戦後期/木造2階建

丁字路の突き当りに位置する旧旅館。ホームページによると1997(平成9)年に廃業されたそうですが、屋号はそのまま掲げられています。

旅館 恵比須屋 (恵比須屋HP)

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入母屋屋根に妻入りの建物で、妻壁の格子を見せる堂々とした構えながら、壁面は薄いベージュのモルタルとすることで親しみやすい外観にもなっています。いかにも古き良き時代の駅前旅館といった感じで、一度泊まってみたかったな~と思いつつ眺めるのでした。

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筑後市山ノ井の建物 (その2)
昭和戦前~戦後期/木造2階建

同じ丁字路の角にある建物。角地を斜めに切り取って設けたものを含む、計3~4か所の出入口があり、これも単なる住宅ではなさそうです。

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通り側2階のほぼ全面にガラス戸を用いており、かなり人目を引く外観となっています。全くの想像ですが、これも元旅館かも。

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P.W.J.協同組合
筑後市山ノ井19-14/1960年代?/鉄筋コンクリート造2階建

異彩を放つモダニズム建築。概ね2つの棟から構成され、両端を鋭く尖らせた切妻屋根が2つずつ載っています。

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通りから全体像は把握しづらいものの、2階にはコンクリートの欄干を備えたバルコニーが巡り、外壁の一部には煉瓦タイルやガラスブロックが使用されていることが辛うじて見て取れます。用途についてはよく分かりません。

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筑後市山ノ井の住宅
昭和戦前~戦後期/木造2階建

入母屋妻入りの建物。中央に玄関とポーチを設け、腰回りに石を張るなど…これも何となく元旅館のように見えてきます。

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突き当りの旧恵比須屋旅館と絡めて。ひょっとしたらですが、この界隈はかつて旅館街のようなエリアだったのかもしれません。

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諏訪神社
筑後市山ノ井193

諏訪通りを渡って南側のエリアに移ります。通り沿いにある諏訪神社にお参り(写真は社務所)。

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鳥居手前に建つ石灯籠。苔むしていて分かりづらいですが、台座部分が何故かスクラッチタイル張りとなっていました。

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筑後市山ノ井の複合ビル
筑後市山ノ井255、256/1950~60年代?/鉄筋コンクリート造3階建

三叉路(通町交差点)の鋭角に建つ小規模な複合ビル。1階に店舗、2階以降は住居という構成で、福岡市でいうところの祇園ビル(博多区上川端町、写真)のような雰囲気です。

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入口のひとつには「中央区商店街」と書かれた年代モノの木製扉が残されています。少なくとも現在は「中央区」なる地名が存在せず、そもそもビル名称すら確認できないので詳細は不明ですが、そこそこ古いビルであることには違いないようですね。

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ちなみにビルの周辺(県道703号沿線など)には古い商店が軒を連ねており、先述の商店街というのがビルに入居する店舗を指すのか、それともビル周辺の商店群も含めるのかは分かりません。ただし前出の祇園ビルの場合、入居店舗は「祇園マーケット」という独自の名称を持ち、近接する既存の商店群(上川端商店街)と区別されているため、この例に当てはめれば恐らく前者ではないかと思います。

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ぼちぼちレンタサイクルの貸し出し時間になるので、「停車場米穀販売店」なる古風な響きの米穀店を横目に駅前へ戻ります。なお、レンタサイクルの詳細についてはこちらのブログをご参照ください(再掲)。

ちくてく新聞 > レンタサイクルリニューアル!3台が新車になりました☆

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大陽製粉筑後工場事務所 (旧 八女精麦本社事務所?)
筑後市和泉328/1943年?/木造2階建

古くから鉄道が通っていたためか、羽犬塚駅の周辺には中~大規模の工場が多く見られます。こちらの製粉工場は駅から少し南、鹿児島本線の東側に立地。ホームページによると、八女精麦有限会社の精麦工場として1943(昭和18)年に操業を開始したそうで、敷地内には当初からのものと思われる施設が少なからず存在しています。

大陽製粉株式会社 > 会社概要

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そのうちの一つが正門左手に建つ事務所の建物。外装材や建具こそすっかり新しくなっているものの、1階あたりの高さや窓の配置を見ると、昭和10年代の木造洋館と考えても何ら不自然ではありません。仮に現在の外観が、過去のイメージを踏襲しつつ改装されたものならば…もともとは下見板張りまたはモルタルの外壁で、胴回りのみ縦板張りとしていたのでは、と想像します。

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井口歯科医院
筑後市長浜1139/昭和40年代?/鉄筋コンクリート造平屋建

旧国鉄矢部線跡の道路をしばらく進んだ先、国道209号を渡った辺りで出くわした医院建築。円形の平面をもち、玄関付近は直線的なデザインで仕上げられています。

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この医院を過ぎてからは田園地帯を通り、特にカメラを構える機会もありませんでした。

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筑後市和泉の煉瓦蔵
昭和戦前?/煉瓦造

ここからは夕方の撮影分になります。八女福島を後にして黙々とペダルを漕ぎ進めると、意外と早く戻れた(往路1時間弱に対し復路30分弱)ので、もう少し自転車を使って回ることに。まずは高校近くのお屋敷にある煉瓦造の蔵。

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住宅そのものも門構えからして立派ですが、遠目にはその主屋をしのぐほどに映る、かなり大規模な蔵です。さらに特筆すべきは屋根がスペイン瓦葺きである点。外壁を見ると当初は漆喰が塗られていたように見えますが、白壁にしろ赤煉瓦にしろ、スペイン瓦との組み合わせは珍しいのではないでしょうか。

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筑後市和泉の住宅
昭和戦前?/木造2階建

鹿児島本線を越えて駅の裏手(西側)に移り、南西に伸びる通りをしばらく進んだ先にある住宅。やや改造が目立つものの、和洋折衷の建物です。

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屋根は寄棟造和瓦葺き。現状で洋の雰囲気が感じられるのは軒回りと2階左手の窓ぐらいですが、ストリートビューを見ると以前は板壁が淡いピンクに塗られており、もともとはもう少し洋風寄りの外観だったようです。

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筑後市和泉の住宅 (その2)
昭和戦前/木造2階建

同じ通り沿いにある住宅。こちらは門構えも含め洋館だといっていい佇まいで、また建具の交換などを除けばほぼ原型をとどめています。

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裏手に回ってみると、様々な造りの瓦屋根が複雑に重なり合い、表側とはまた違った表情を見せていました。

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トライアル筑後店
筑後市上北島1259

さらに1kmほど直進すると1226年創建の水田天満宮(筑後市水田)に行き着くのですが、いよいよレンタサイクルの返却時間が近づいてきました。こちらのディスカウントストア・トライアル筑後店は、かつて九州各地に展開していた同業のオサダ(本社・佐賀県武雄市)の筑後店跡を再利用した店舗。この手前で折り返し、駅前に戻ります。

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筑後市役所本庁舎
筑後市山ノ井898/1956年/鉄筋コンクリート造2階建(一部補強CB造平屋建)
設計:日建設計工務 施工:戸田組

自転車を返却後、駅前から北東方向へ10分ほど歩いてやって来ました。筑後市の発足を機に建てられた市庁舎で、均整の取れた直線的なデザインが美しいモダニズム建築です。(建物のデータは『筑後市史』より)

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ついでに自治体の歴史にも触れておくと…旧羽犬塚町など八女郡1町3村が合併し、1954(昭和29)年に市制施行。旧羽犬塚町は羽犬塚駅の開業以来、八女郡の玄関口として旧福島町に次いで発展していました。そのため市庁舎もかつての羽犬塚町域に置かれますが、他の3村に配慮してか、市名には旧国名の「筑後」が採用されています。発足直後に隣接自治体との間で部分的な編入・分離があったものの、新たに市町村合併を行うことはなく、市域は当初から半世紀以上ほぼ変わっていません。

なお羽犬塚駅周辺には、ともに県立の八女高校(旧制八女中学、1908年設立)と八女工業高校(旧・八女工業学校、1920年設立)があり、かつてこの地域が八女郡に属していたことを偲ばせています。

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市役所を後にして駅へ帰ります。朝も歩いた諏訪通り北側のエリアを行く途中、駐車場の片隅にこんな構造物が。

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煉瓦の表面をモルタル(洗い出し仕上げ)で覆っています。塀にしては低いので、敷地手前の水路に架かる橋の欄干、ということになるのでしょうか。

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敷地内の反対側には手押しポンプの残骸。かつては立派なお屋敷?があったのでしょう。ちなみにこの駐車場ですが、「停車場駐車場」なる少し面白い名前でした。

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※画像クリックでグーグルストリートビューのページへ移動
日清製粉筑後工場 (旧松延製粉工場、現存せず)
筑後市山ノ井117-1/1926年/鉄筋コンクリート造など/解体済み、現存せず

最後に、羽犬塚駅の西側にかつて存在した日清製粉筑後工場について。松延(まつのぶ)製粉により1926(大正15)年に操業を開始した歴史ある製粉工場で、大規模な鉄筋コンクリート造の製造棟(写真)や煉瓦造平屋建ての倉庫など、当初の施設も多く残っていましたが…

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日清製粉の新工場が福岡市に完成したことにより、筑後工場は2014年4月に閉鎖。塀の向こうに立ち並んでいた施設群は解体され、すっかり姿を消していました。前掲リンク先のストリートビューは2013年11月の撮影。最新版は今年1月の撮影なので、タイムマシン機能(画面左上の時計マーク)で更地化以前の様子を見ていくと、敷地西側にも半切妻屋根・下見板張り外壁の古い建物(木造平屋建て、事務所?)があったようです。

遡ること5年ほど前、18切符の旅の途中で乗り換えのために降り立ち、列車待ちのホームから工場を眺めたことが思い出されます。今回は広大な更地を横目に、列車に揺られて羽犬塚を後にしました。


大きな地図で見る ※個人所有の住宅はマップに反映させていません

(撮影年月:2015年7月)



以上、八女市&筑後市の旅でした。八女福島については前回述べましたが、筑後市も船小屋や西牟田などまだまだ見所がありそうなので、いつかまた両市を訪れることができればと思います。なお、前回記事(八女福島・後編)の終わりに、旧八女郡役所を追加しています。

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