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直方市の街並み(後編)  

<直方市の街並み・後編 新町、須崎町など>

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前回からかなり間が空きましたが…直方市の後編となる今回は、市中心部から南西へ進んだ直方市直方~山部~新町にかけてのエリアと、北側に位置する須崎町、日吉町などの物件をご紹介します。

ngt205.jpg※2014年6月撮影
多賀第3跨線人道橋梁
福岡県直方市直方/1957昭和32年架設/鋼製桁橋

市街地西側の高台にある多賀神社の裏参道に架かる橋。明治に入ってから市街地との間に鉄道が通ったため、参道が線路を跨ぐという珍しい光景になっているのですが…さらに面白いことに、この橋にはかつて直方機関区で使用されていた転車台(※)が橋桁として再利用されているのです。

※蒸気機関車などの車両の向きを変えるための設備。参考写真(JR宮地駅、熊本県阿蘇市)

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直方機関区には扇形機関庫と旅客ホーム脇の側線、さらに駅北側と計3基の転車台が存在していました。こちらのサイトによると、この橋桁はもともと機関庫の転車台で使用されていたもので、新形式への更新に伴い転用されたのでは、とのことです。

筑豊の蒸機の殿堂 直方特集 ヽ(⌒〇⌒)ノ (メジロのめ次郎ホームページ)

ちなみに駅北側の転車台については現存しており、最近は鉄道イベントの企画として「転車台体験ツアー」なるものも行われているそうです(面白そう)。

趣味人Tの伝言 > 直方の転車台

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直方市石炭記念館 本館 (旧 筑豊石炭鉱業組合直方会議所)
直方市直方692-4/1910明治43年/木造2階建
※直方市指定有形文化財、経産省認定近代化産業遺産

もと転車台の橋を渡って左手にある洋館。正面左手に切妻造の張り出し部を、正面と左側面の屋根にはドーマーを設けることで、一見シンプルな外観ながら市街地側から見た姿は中々風格があります。

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筑豊石炭鉱業組合の直方会議所として1910(明治43)年に建てられたもので、現在は直方市石炭記念館の本館となっています。また、直方市内の近代建築としては唯一文化財指定を受けています(市指定有形文化財)。

直方市石炭記念館 (公式HP)

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直方市直方の住宅
昭和戦前/木造2階建

石炭記念館の裏へ抜け、高台の住宅街を通って南西方向へ。県道21号(百合野通り)沿いにある1階だけ洋風の住宅。

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直方市直方の商業建築
昭和戦前~戦後期?/木造2階建

これも百合野通り沿い、十字路角にあるモダンな建物。近くにあった町内地図によると電器店とのことですが、現在は営業されていない様子。

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少し先の二字町バス停付近まで進んで振り返ると、トタンで葺かれた寄棟屋根が確認できます。

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通り側の2面をモルタルで覆い、コーナーは滑らかなアールに仕上げています。垂直線を強調したコーナー部分が少々厳つそうに見える反面、外装色はパステルブルーというのが何とも可愛らしいです。

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角を曲がって坂を上がり、丘の上を目指します。

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坂道の脇に立つ門柱の片割れ。遊郭の数ある入口の一つだったか、百合野通りにバス路線が設定されて以後の大門と思われます。

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かつてこの辺りには二字町遊郭という、筑豊唯一の公認遊郭街が存在していました。1908(明治41)年に公許されたのが始まりで、全盛期の大正時代には妓楼10数軒を抱え、石炭産業を背景に賑わいます。戦後も一時はいわゆる赤線として存続するものの、売春防止法施行後の1958(昭和33)年3月に解散となりました。(『直方市史』下巻より)

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解散後は旅館や結婚式場などに転業した旧妓楼もあったそうですが、現在はやや空き地が目立つ程度でごくごく普通の住宅街といった雰囲気。

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そんな中でも、かつての名残が僅かながら見られます。これは1919(大正8)年頃の「寄附芳名碑」。風化が進み判読しづらいですが…寄附というのは恐らく遊郭街の道路・水道の整備事業に対するもので、発起人(仮にY氏とする)はのちに心華女学校(※)の取締役を務める人物であることが辛うじて読み取れました。

※学校教育を満足に受けられなかった娼妓たちのため、二字町遊郭内にて1921(大正10)年に設立された女学校

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また、かつての妓楼も1軒だけ残っています。

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現在の用途はアパートですが、「××楼」を「××荘」といった具合に当時の屋号を引き継いでいます。

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前掲書には遊郭全盛期に発行された案内書の一文が引用されており、その中で二字町遊郭は“眺望佳麗、池塘あり、一大公園あり。桜カ丘、炭都の情緒管絃絶えず、低唱浅酌にも妙趣あり”と評されています。遊郭が廃止されて半世紀以上経ち、炭鉱の灯も消えて久しいですが、市街に近接しながらも風光明媚な場所である点は変わりません。遠賀川沿いに広がる家並みを眼下に望みつつ、丘の上の旧遊郭街を後にしました。

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踏切を渡って東側へ。これより住所は直方市新町と変わります。新町は前編で取り上げた殿町の南側に隣接し、古町・殿町と同じく長崎街道の街道筋だった町。直方は宿場町ではありませんでしたが、木屋瀬宿(現在の北九州市八幡西区)と飯塚宿(同飯塚市)の中継地となっていました。

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旧 日若酒造
直方市新町3丁目5-50/1895明治28年/木造2階建など

新町では町家風の建物が点々と残っており、近代以降に都市化が進んだ古町・殿町に比べ、街道筋の雰囲気を留めています。こちらはかつての造り酒屋の建物。

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大規模な酒蔵の外壁はトタンに覆われているものの、それ以外は特に手を加えられていないようです。

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事務所の腰壁は白色タイル張り。ちなみに写真を見返して気付いたのですが、酒蔵の基礎や塀に使用されている煉瓦の目地をよく見ると覆輪目地(かまぼこ型に盛り上がった目地)になっていました。

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もち吉DMセンター
直方市新町3丁目2-25/1960年代?/鉄筋コンクリート造平屋建

少しモダンな建物を横目に、街道筋を北上して市中心部へ戻ります。

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直方歳時館 (旧 堀三太郎邸)
直方市新町1丁目1-18/1898明治31年竣工、1999平成11年解体復元/木造平屋建
※経産省認定近代化産業遺産

線路脇の高台にある生涯学習施設「直方歳時館」へ寄り道。かつて筑豊を中心に炭鉱などを経営していた実業家・堀三太郎の邸宅跡で、1941(昭和16)年に維持費付きで直方市に寄贈されて以来、市の施設として長らく使用されています。

直方歳時館 (公式HP)

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建物は老朽化による一時閉鎖と解体を経て、1999(平成11)年に復元されたもの。ということで、また時間のある日にゆっくり見ることにしましょう。

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徳永たばこ店
直方市新町1丁目4-31/明治後期~大正前期/木造2階建

再び街道筋へ。通りに対して斜めに建つ煙草店の建物。

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通り側は改装されていますが、案内板によると竣工は明治後期から大正前期と推測されており、内部には回廊付きの吹き抜け空間を備えているとのこと。

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建物右奥には続きになった古い長屋が存在しています。これらの煙草店と長屋の建物は、かつて存在した券番(※)に関連するものと考えられているそうです。

※検番、見番とも。芸者屋の取りまとめや芸妓の取次ぎ、玉代(料金)の精算などをする場所

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フクオカギャレックス
直方市新町1丁目4-34/昭和20年代?/木造2階建

同じ並びにある建物。戦後の竣工と思われる看板建築です。

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横目地を入れたモルタル外装で、腰回りはタイル張り。玄関両脇はアールで仕上げられています。

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フランス美容室
直方市新町1丁目3-9/昭和中期~後期/木造2階建

やや時代は下りますが、斜め向かいには面白いデザインの美容室もあります。

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津田町の建物
直方市津田町9/昭和20年代?/木造2階建

殿町~古町界隈を抜けて市街地東側の津田町へ。県道27号沿いに建つ、これまた戦後築らしき簡素な看板建築。

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向かって右手の角をアールで仕上げ、壁面には戦後の建物によく見られるパターンの目地を切っています。

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圓徳寺
直方市古町2-7/1624年以降

直方駅付近に戻ってきました。駅前通り(県道40号)の南側にある圓徳寺は、直方に置かれていた黒田藩の支藩・東蓮寺藩により、城下町を守る要害として1624(寛永元)年にこの地へ移された寺院。筑豊を代表する地方財閥だった貝島家の菩提寺でもあり、1909(明治42)年に再建された本堂(写真右、設計施工伊藤平左衛門)などは貝島家の寄進によるものです。

九州~列車で行こう~下町親父の珍道中 > 直方の大寺院 ~浄土真宗本願寺派 壽光山 圓徳寺 ~福岡県直方市の寺院

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もともとの敷地はやや北寄りに位置していましたが、1952(昭和27)年に都市計画に基づき現在地へ移されています。これによって駅前通りが直線的になり、迂回していたかつての道路跡には須崎町公園が整備されました。写真は移設工事中の様子(通り沿いの案内板より)。

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日の出ビル (旧 福岡県住宅協会直方駅前団地?)
直方市須崎町17-1/1954昭和29年度?/鉄筋コンクリート造4階建

その圓徳寺の斜め向かい、駅前通りと須崎町公園に面したモダンな建物。低層部に店舗、上層部に住宅という構成、さらに規模やデザインも西町団地(写真、前編参照)と似通っています。

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ところで、西町団地について検索していたところ、以下の論文がヒットしました。

借地に建設された店舗併用協会住宅の民間譲渡の実態 -福岡県におけるケーススタディ-(PDF)

目を通していて思ったのですが、この表1に掲載されている「直方駅前」なる団地、ひょっとしてこの建物のことではないでしょうか。

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そこで参考文献である『福岡県住宅復興誌』(第1巻1959年、第2巻1964年)を図書館で手に取ってみると、直方駅前団地はもともと長期分譲住宅として1954(昭和29)年度に建設されたとのこと。ちなみに圓徳寺の移設工事が行われたのが直前の52(昭27)年なので、都市計画による駅前の整備と近代的な住宅の建設が一体的に進められた、と考えると納得がいく気がします。

結局、日の出ビルと直方駅前団地を直接に結び付ける情報は見つけられなかったのですが…いずれにしても竣工当時は他に高い建物も少なく、須崎町公園の木々もまだ小さかったはずですから、直方駅に降り立つ人々の目に留まったことは想像に難くありません。「直方駅前」という名称を冠していたかどうかは別としても、駅前の顔と呼ぶに相応しい存在であったのは間違いないでしょう。

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須崎町の飲み屋街
直方市須崎町16-20、21、22/昭和20年代?/木造2階建

日の出ビルの少し東にある飲み屋街。駅前通り側から街区を縦貫する形で通路が伸び、その両側に並ぶ2棟の建物にスナックなどが軒を連ねています。

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建物は片流れ屋根にモルタル外壁の木造建築で、各地の古い商店街・問屋街などと似通ったスタイルです。

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サンリブ直方 (旧 丸食直方店?)
直方市須崎町2-26/1972昭和47年/鉄筋コンクリート造4階建
開店年月日:1972(昭和47)年10月17日 駐車場:65台 売場面積:直営4412㎡+テナント295㎡

これも圓徳寺の斜め向かい、公園奥のやや引っ込んだ位置にあるビル。九州地方を地盤とするサンリブ・マルショクグループの総合スーパーです。数年前に塔屋看板が撤去され、何だか商売っ気のない外観になっていますが…2~3階の衣料品・日用品フロアも含め、まだまだ元気に営業しています。

サンリブ直方 (公式HP)

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同グループは創業以来長らく分社制をとっており、サンリブ直方はもともと北九州丸食の直方店として開業しているようです。その後、グループにおける総合スーパー業態の店舗ブランドとして「サンリブ」を冠するようになり、また北九州丸食などが合併して誕生した株式会社サンリブの管轄となって現在に至っているものと思われます。

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須崎町の商業建築
直方市須崎町2/昭和20年代?/木造2階建

駅前通り以北の須崎町を見ていきます。日の出ビルとサンリブ直方の間から北へ伸びる須崎町商店街、その入口左角に建つ建物。

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公園側(南面)は改装されているものの、アーケード側(東面)の2階部分から当初の外観が辛うじて見て取れます。商店街の端部という立地、それにコーナーをアールに仕上げている点は、前編で取り上げた菓舗四宮(写真)と共通していますね。

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山本質店
直方市須崎町2-15/明治~昭和戦前/木造2階建など

アーケード街を進んだ先にある質店の建物。奥に長い敷地に建っており、瓦葺きの入母屋屋根に窓の少ない外観と、どこか漆喰壁の町屋のような雰囲気を持っています。

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しかし外装は2階も含め全面モルタル洗い出し仕上げで、右側面には中途半端に突き出した塀のような構造物が。

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右側の軒がやや変則的な造りになっているのを見ると、戦後の道路拡幅によって敷地の右端が削られ、その際の改装で現在の形になったのかもしれません。

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久家商店
直方市須崎町5-15/昭和10~20年代?/木造2階建など

アーケード街から西側に少し外れた場所。数棟の木造建築がひしめき合っており、外装は統一されているものの中々変化に富んでいます。

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屋根瓦や建具は和風ですが、張り出し部のパラペットや洋瓦を載せた庇、さらに横目地を入れたモルタル外壁など、全体としては和洋折衷の外観です。

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鉱滓煉瓦の塀で囲まれた敷地内には、RC造またはコンクリートブロック造と思しき倉庫もありました。

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筑豊直方駅
直方市知古1丁目1/1959昭和34年開業

須崎町商店街を抜けて東へ進み、県道27号沿いの筑豊電気鉄道・筑豊直方駅へ。筑豊電鉄は北九州市の副都心・黒崎(八幡西区)と直方市を結ぶ私鉄で、1959(昭和34)年9月に筑豊直方まで全線開通しました。西鉄北九州線(2002年までに全線廃止)の車両を借りて営業を開始しており、その名残で現在も路面電車タイプの車両(写真)が使用されています。

筑豊電気鉄道株式会社 > 企業情報 > 会社沿革

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会社の設立は筑豊炭田が隆盛を極めていた1951(昭和26)年。社章のデザインは親会社である西鉄の当時の社章と、炭鉱のシンボルであるツルハシ(石炭採掘の道具)を組み合わせたものです。

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設立当初の計画では、ここからさらに飯塚方面へ延伸し、最終的に福岡市までを結ぶ予定でした。やや中途半端な形の高架駅になっているのは、延伸の際に直方市街や筑豊本線を越えることを想定していたためです。

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また仮に計画が実現していれば、路面電車の乗り入れではなく、西鉄天神大牟田線のように一般的な電車を走らせていたと言われています。高架の橋脚の間隔がやけに狭く、随分と頑丈な印象を受けますが、恐らくこれも当初の計画に合わせた設計なのでしょう。

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日吉町の建物
直方市日吉町4/昭和戦前?/木造2階建

筑豊直方駅から折り返して、県道27号東側の日吉町。奥に長い形の古そうな木造建築がありました。

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門と塀は鉱滓煉瓦造で、門柱の上に半円アーチのレトロな照明が渡されています。玄関は一つだけのようですが、用途はアパートでしょうか。

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大和青藍高校第二体育館 (旧 福岡県立直方高等女学校講堂)
直方市日吉町10-12/1914大正3年/木造平屋建

淡い水色に塗られた板壁が可愛らしい木造洋風建築。もともとは福岡県立直方高等女学校の講堂として1914(大正3)年に建てられ、現在は私立大和青藍(やまとせいらん)高校の第二体育館として使用されています。旧・直方高女は現在の県立直方高校ですが、親切なことにこれら2校はホームページに学校の沿革が詳しく載っていました。

大和青藍高等学校 > 学校概要 > 沿革一覧

福岡県立直方高等学校 > 学校紹介 [ 校史 ]

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これをもとに建物の歴史を整理すると、以下のようになります。

1914(T3)  県立直方高等女学校の講堂として竣工
1948(S23) 学制改革により県立直方女子高校となる
1949(S24) 男女共学となり直方高校と改称
1958(S33) 直方高校が移転。代わって私立大和高等専攻学校が入り、同校の講堂となる
1959(S34) 高等学校に昇格し私立大和高校となる
1962(S37) 直方女子高校と改称
1979(S54) 講堂から第二体育館に変更される?
2002(H14) 男女共学となり大和青藍高校と改称。現在に至る


いつから第二体育館として使用されるようになったのかは分かりませんが、たぶん現在の体育館の竣工に伴い変更されたのではと思います。それにしても県立と私立、そして時期の違いはありますが、過去には2つの「直方女子高校」が存在していたのですね。

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日本福音ルーテル直方教会
直方市日吉町14-13/昭和戦前~戦後期?/木造平屋建など

最後は日本福音ルーテル直方教会。こじんまりとした佇まいながら、いかにも歴史ある教会らしい礼拝堂と、礼拝堂側の壁だけ洋風の牧師館がとても良い雰囲気です。

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礼拝堂は切妻屋根のシンプルな造りで、後方に聖壇部分が張り出しています。竣工時期は確認できていませんが、外観から昭和戦前、恐らく10年代と推測。ただし、戦後間もない頃の可能性もないとは言い切れません(あやふやですね)。

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通り側から見える窓はいずれもステンドグラスを用いた尖頭アーチ窓。ちなみに敷地を囲む柵の支柱も、同じく断面の形が尖頭アーチとなっています。


大きな地図で見る ※個人所有の住宅と遊郭関連はマップに反映させていません

(撮影年月・2015年8月)



かれこれ6時間近く暑い中を歩き回りましたが、建物をはじめとして様々な見所が至る所にあるため、動いている最中は疲れを全く感じませんでした。今回の旅で心残りなのは、旧・讃井病院(前編参照)が休館日で見学できなかったこと。そういえば石炭記念館も館内をじっくり見たことがなく、街路樹の葉が落ちた頃に撮り直したい建物もあるので、またいつか冬にでも再訪できればと思います。

以上、直方市の街並みでした。

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