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銀行建築巡り in北九州(番外編)  



昨年末に行ってきた北九州市の銀行建築巡りの模様を、前々回前回の2編にわたって取り上げました。今回はその番外編で、近年解体されてしまった現存しない銀行建築と、「銀行建築」に当てはまらないモダンな建物、合わせて7件をご紹介します。


◆凡例

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建築当初の名称
(現在または閉鎖時点の名称)
所在地/営業開始年月/構造と階数
設計者 施工者  ※現存状況

当ブログの通常記事とは異なり、建築当初の名称を優先して現名称または閉鎖時の名称は括弧内に表記し、基礎情報には竣工年ではなく営業開始年月(当該建物での営業が開始された年月)を採用した。設計者及び施工者は判明している場合にのみ、また現存状況については解体されて現存しないものに限りそれぞれ記す。なお、当記事における「銀行建築」とは、以下2条件を満たす建築物を指す。

1.現在の用途の如何を問わず、金融機関の営業所(本店・支店・出張所など)として建てられたもの
2.近代(明治~昭和戦前戦中)に建てられたもの、または戦後から昭和40年代までに建てられ、外観に古典様式を採用したり、様式の名残(対称性・列柱・目地など)が見られたりするもの



◆現存しない銀行建築(3件)

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帝国銀行門司支店
(西日本シティ銀行門司港支店、統合廃止済み)

福岡県北九州市門司区港町1-20/1951年11月/鉄筋コンクリート造2階建?
※2007~08年ごろ解体、現存せず

旧三井財閥系の都銀・帝国銀行(※5)の門司支店の建物。旧三井銀行の門司支店は旧帝銀時代に旧第一店舗へ併合されており、新帝銀の発足時は仮店舗での再出店となりました。そのため新帝銀では初の本格的な店舗、また併合時代と仮店舗を含めない場合は、旧三井銀行による開設(1898・明治31)以来3代目の店舗になります。1951(昭和26)年11月26日より営業を開始し、三井銀行への行名復帰を経て69(同44)年1月いっぱいで閉鎖されますが、同年9月、代わって福岡相互銀行の門司支店が移転入居。のち普銀転換により福岡シティ銀行へ行名変更、また西シ銀の誕生後は門司港支店と改称し、2006(平成18)年9月8日の統合・廃止まで使用されました。

※5…1948(昭和23)年設立。戦時中に三井銀行と第一銀行の合併で誕生した帝国銀行が戦後に再分離・解散となったため、旧三井銀行系の受け皿として新たに設立されたもの。旧財閥商号の使用禁止令が解かれた後の54(同29)年に行名を三井銀行へ変更した

支店廃止の翌年には解体されているため、建物を実際に見たことはないのですが、こちらのサイトにてその存在を知りました。

地域文化博物館・高炉館 > 産業考古学研究室 > 近代化産業遺産総合リスト > 北九州市門司区(門司港地区)編

基壇とコーニスの間に列柱(フルーティング付き)を並べる三層構成の外観で、華美な装飾はないものの、古典様式に則った建物であることが写真から見て取れます。ちなみに同時期の帝国~三井銀行の店舗では、錦糸町支店(東京都墨田区/同年/現存せず、下記リンク参照)や大牟田支店(福岡県大牟田市/1952年/現存、写真)など、門司支店に酷似・近似する例が複数確認できます。恐らくこれら一連のデザインは、当時の同行店舗における標準的な仕様だったのでしょう。

都市徘徊blog > 旧三井銀行錦糸町支店
ぼくの近代建築コレクション > 三井銀行錦糸町支店/江東橋4丁目

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なお、先述のように建物は既に解体されており、跡地には病院(門司港腎クリニック)が建っています。

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※グーグルストリートビューより。画像クリックでグーグルストリートビューのページへ移動
住友銀行門司支店
(福岡銀行門司支店、建て替え済み)

北九州市門司区栄町2-9/不詳/鉄骨鉄筋コンクリート造?地上2階地下1階建?
設計:日建設計工務 施工:松村組  ※2012~13年ごろ解体、現存せず

住友銀行門司支店の建物。恐らく開設(1899・明治32)以来4代目の店舗で、69(同44)年5月25日に支店が廃止されるまで使用されていたものと思われます。その後は向かい側の福岡銀行門司支店(前編参照)が代わって入居し、長らく同行支店が使用しますが、建て替えのため2012(平成24)年10月に仮店舗へ移転、のち解体されました。

福岡銀行 > 2012年のニュースリリース > 門司支店の建替えに伴う仮店舗移転について
ゆっころん あっちにころりんダイエット > 福岡銀行 門司支店 リニューアルオープン!

惜しいことに、この建物での営業時期と住友・福岡両行の行史の発刊時期とがかみ合っていないため、支店沿革や用途変遷の詳細は確認できていません。ただし解体されたのが比較的最近なので、ストリートビュー(2011年撮影)にて在りし日の姿を見ることができます。

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※グーグルストリートビューより

正面では開口部を大きくとって柱型を並べ、その他の立面を閉鎖的に仕上げることで、建物の「顔」としてのファサードを前面に打ち出しています。また定石通り柱型で垂直性を強調する一方で、梁型や腰回りに貼られた横向きの御影石がアクセントになっているのも特徴です。なお、日建設計工務(現・日建設計)の作品一覧に「住友銀行門司支店 1960・昭和35年竣工 施工松村組」との記載があり、建物の特徴も同社が手掛けた昭和30年代半ばの住友銀行店舗と一致するため、記載の情報はこの建物を指すとみて良いと思います。

ちなみに一連の住友銀行店舗は以前紹介した大分支店をはじめ、下関支店(山口県下関市/1961年/ストリートビュー)や歌島橋支店(大阪市/1961年/ストリートビュー)など、現役の例だけでもかなりの数があるようです。このうち大正区支店(大阪市/1960年/ストリートビュー)については構造がSRC造、階数が地下1階・地上2階と記されており、恐らく門司支店なども同様であると思われます。

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建物の解体後は先述のように新店舗が建てられ、2013(平成25)年秋より営業を開始しました。バリアフリーへの対応や駐車場の併設など機能を一新しつつ、外観には旧店舗のイメージが引き継がれています。

以上2件はいずれも門司区の門司港レトロ地区に立地。同地区では他にも二十三銀行、藤本BB銀行、門司信用組合の建物がここ10年の間に解体されましたが、それらについては既に各所で取り上げられているので割愛します。

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※グーグルストリートビューより。画像クリックでグーグルストリートビューのページへ移動
豊前銀行戸畑支店
(大分銀行戸畑支店、建て替え済み)

北九州市戸畑区旭町1-18/1937年?/鉄筋コンクリート造2階建
※2014年解体、現存せず

大分県北部の中津市に本店を置く豊前(ぶぜん)銀行(※6)の戸畑支店の建物。豊前銀行時代の支店の沿革は不明ですが、建物の竣工は1937(昭和12)年とのことです。43(同18)年に大分合同銀行が譲り受けて同行支店となり、大分銀行への行名変更を経て長きにわたり使用されますが、同行支店として70周年を迎えた2013(平成25)年、記念事業の一環として建て替えが決定。翌年3月に仮店舗へ移転し、その後解体されました。

※6…貯蓄銀行条例に基づく「株式会社 豊田銀行」として1894(明治27)年設立。99(同32)年に下毛実業銀行、1914(大正3)年に豊前銀行と改称し、22(大正11)年には普通銀行へ転換。昭和初期に住友銀行の傘下となったのち43(昭和18)年に同行が買収、大分支店の営業を承継し、本店と別府・戸畑の2支店は大分合同銀行(現・大分銀行)へ譲渡された

AreaBiz北九州 > 地域ニュース > 愛着地の地に新築オープン 大分銀行戸畑支店

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※グーグルストリートビューより

こちらもストリートビューにて解体前の様子が見られます。正面(旧電車通り側)外壁はタイル貼りに改装され、背面も目地が辛うじて窺えるまでに塗り込められていますが、1960年代の写真と比較すると、その他は特に変わっていないようです。もっとも昭和10年代の建物なので、もともと彫りの浅いシンプルな外観だったとしても不自然ではないですね。

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新店舗は2015(平成27)年2月に営業を開始しています。ちなみに大分銀行は福岡県内6支店のうち北九州市に3支店(門司駅前・小倉・戸畑)を有し、かつては門司・八幡支店もありました。戸畑支店は1947(昭和22)年、近隣の戸畑港に拠点を置く日本水産(ニッスイ)に出張員詰所を開設し、戸畑漁港支店への昇格などを経て93(平成5)年まで営業していた経緯があり、現在も同社をはじめ地元企業との関係が深いものと思われます。


◆モダンな建物(4件)

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※グーグルストリートビューより。画像クリックでグーグルストリートビューのページへ移動
福岡相互銀行小倉支店
(西日本シティ銀行小倉支店、統合廃止済み)

北九州市小倉北区鍛冶町1丁目5-1/1965年12月/鉄筋コンクリート造3階建
※2015年後半解体、現存せず

国道199号(旧電車通り、勝山通り)沿いにある、福岡市に本店を置く相銀・福岡相互銀行の建物。前身の福岡無尽による開設(1943・昭和18)以来3代目の店舗で、1965(昭和40)年12月6日に営業を開始しました。89(平成元)年の普銀転換により福岡シティ銀行となった後、2004(同16)年に西日本銀行と合併。引き続き西日本シティ銀行の小倉支店となるものの、北九州営業部(旧西銀北九州支店)の新築移転の用地に充てられることになり、15(同27)年7月10日をもって同営業部へ統合・廃止されました。

西日本シティ銀行 > 株主・投資家のみなさま > ニュースリリース > 2015年(平成27年) > 北九州地区の旗艦店舗の建替えについて(PDF)

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※グーグルストリートビューより

小さな窓が並ぶ黒色の外壁が重々しい3階と、金属とガラスを多用した軽やかな1・2階の対比が鮮烈な印象を与える外観。ただし、手前側に張り出したATMコーナーは後年の増築で、竣工当初は3階部分の浮遊感がより強調されていたようです(写真)。ATMコーナーは勾配と水平が一続きになった屋根と、それを支えるメタリックな円柱が特徴。福岡相互銀行におけるCD=現金自動支払い機(ATM=現金自動預け払い機の前身)の店内設置は1974(昭和49)年が最初なので、それ以後の増築と思われます。

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同行におけるモダンな店舗といえば大分支店(1967・昭和42)以降、磯崎新アトリエや三浦紀之建築工房の設計による作品が有名ですが、それらに先んじて建てられたものもいくつか存在します。小倉支店もその一つということで、今回の銀行建築巡りの合間にダメ元で訪れてみたのですが…支店廃止から半年近くが経過しており、案の定間に合わず。さらに最近ストリートビューが更新され、別件で小倉を訪れた2015年10月時点ではまだ解体が始まっていなかったと知り、ますます凹むことになりました。

それはさておき、同行は今年度(2015・平成27)から新たに北九州市の指定金融機関へ加わっており(従来はみずほ・福岡の2行)、北九州営業部が移転入居する新ビルは同行の重要な拠点となるでしょう。跡地では先月末に起工式が行われ、来年春の完成を目指しています。

◎AreaBiz北九州 > 地域ニュース > 西日本シティ銀行北九州ビル着工

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山口銀行北九州支店
(現 北九州銀行本店)

北九州市小倉北区堺町1丁目1-10/1974年3月/鉄骨鉄筋コンクリート造?

小倉駅前から伸びる平和通り沿い、山口銀行北九州支店の建物。小倉支店としての開設(1951・昭和26)以来2代目の店舗で、先代店舗からの移転と同時に北九州支店と改称し、1974(昭和49)年3月22日に営業を開始しました。2011(平成23)年の北九州銀行開業に伴い、同行の本店となって現在に至ります。ちなみに小倉支店は同行初の県外支店でしたが、開設の背景には関門地域の密接な関係があり、本店銀行が存在しない北九州側の政財界からも「当地に最も近き地元銀行」として歓迎されたそうです。北九州銀行の誕生は全国的には異例なこととして受け止められましたが、地元にとっては必然的なものだったのかもしれません。ちなみに同行も西シ銀と同じく、市の指定金融機関に新たに名を連ねています。

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正面はモノレールが通る平和通りに、側背面は狭い路地に面しているため、どうしても足下から見上げる形になるのが残念ですが、なかなか格好いいデザインの建物です。いずれモノレールに乗る機会があれば、車窓から眺めたいと思います。なお、構造や階数など建物の詳細は確認できていません。

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福岡銀行戸畑支店
(現 ベンリー ワシダ戸畑店?)

北九州市戸畑区新池1丁目11-24 昭和ビル内/1963年1月/鉄筋コンクリート造地上9階地下1階建の地上1階?

戸畑区の浅生交差点、現・ひびしん戸畑支店(後編参照)向かい。福岡銀行戸畑支店の建物…というより、同支店が入居する(していた)昭和ビルです。前身の十七銀行による開設(1919・大正8)以来4代目の店舗で、1963(昭和38)年1月21日に営業を開始し、2000年代に入ってJR戸畑駅前の現店舗(写真)へ新築移転するまで使用されていたようです。ちなみにこちらのサイトによると、現店舗の竣工は2003年とのこと。

もっとアーキテクチュア > 東京建物図鑑 > 福岡建物図鑑 > 福岡銀行戸畑支店

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支店の営業開始年月とビルの竣工年月(現所有者HP=下記リンク参照)が一致するので、同支店は完成当初からの入居者ということになります。ちなみに先代店舗は戸畑駅北側の明治町にありましたが、駅南側の昭和ビルへ移転したのは、戸畑駅の駅舎が北口から南口の新駅ビル(3代目駅舎)へ移転した年の前年。さらに1999(平成11)年、駅が約150m西の現在地(4代目駅舎)へ移転すると、その数年後には支店も駅前へ移転しているので、福岡銀行戸畑支店の立地の変遷には戸畑駅の移転が大いに関係しているといえます。

徳増興産 > 昭和ビル 物件概要

建物は低層部(地下1~地上3階)がテナント、高層部(4~9階)が住宅という構成で、表通り側2面の高層部はかなり後退して建てられています。恐らくは圧迫感軽減のためなので当然といえば当然ですが、ビルのもつ迫力や上下の一体感が損なわれているのが個人的には少々残念。とはいえ、1960年代前半にこれだけの規模のビルが(恐らく民間で)建てられている訳ですから、当時の戸畑市街の繁栄ぶりが窺えますね。

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北九州八幡信用金庫本店
(現 福岡ひびき信用金庫本店)

北九州市八幡東区尾倉2丁目8-1/1971年5月/鉄骨鉄筋コンクリート造地上6階地下1階建(一部RC造・S造、塔屋2階)
設計:村野藤吾 施工:岡崎工業

最後に、JR八幡駅付近にある地元信金・北九州八幡信用金庫の本店の建物。戦前から増改築を重ねつつ使用していた旧本店(現在の中央町支店=写真の位置)に代わり、1971(昭和46)年4月に竣工、翌月24日に営業を開始しました。2001(平成13)年の福岡ひびき信用金庫発足後も、引き続き同庫の本店営業部として使用されています。

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建物は昭和日本を代表する建築家・村野藤吾の設計。当初は同庫の理事・監事全員が建築委員を務め、全国各地の信金本店を視察するなどして構想を練りますが、敷地形状がやや複雑(交差点の鋭角に面した扇形)であることから、専門家へ一任すべきとの結論に至ります。そのとき依頼されたのが、青少年期を八幡の街で過ごし、同庫の初代理事長の小学校時代の友人でもあった村野藤吾でした。『北九州八幡信用金庫五十年史』には氏が事前の設計だけにとどまらず、施工業者への説明や色彩の指示など、現場監理の責任者としても熱心に取り組まれたことが記されています。

扇の要にあたる八幡駅前交差点側には低層のホール棟、その背後を囲むようにして高層の事務棟を配置し、事務棟の両端には溶鉱炉を思わせるデザインの塔屋を立ち上げます。重工業都市・八幡に相応しい重厚な建物で、これからも地域のランドマークとして在り続けることでしょう。



以上、北九州市の銀行建築巡り・番外編でした。つい先日にビッグニュースが報じられたように、金融機関の再編がますます活発になっていますね。老朽化、不燃化、電算化への対応、そして支店網の大規模な整理という新たな要因により、いわゆる「銀行建築」はこれまで以上の勢いで数を減らしていくでしょう。それらをすべて見て回るのは難しいとして、今後も各地へ足を運び、一件でも多く押さえることができればと思います。

【撮影年月】
引用画像・参考写真を除き、2015年12月下旬

【参考文献】
『住友銀行史』 住友銀行史編纂委員/同左/1955年
『三井銀行八十年史』 三井銀行八十年史編纂委員会/三井銀行/1957年
※『10周年記念作品集』 日建設計工務株式会社/同左/1962年
『大分銀行七十年史』 大分銀行/同左/1964年
『作品集 '60-'63』 日建設計工務株式会社/同左/1964年
『福岡相互銀行四十年史』 福岡相互銀行行史編纂委員会/同左/1967年
※『福岡銀行二十年史付編』 福岡銀行/1970年
※『北九州八幡信用金庫五十年史』 北九州八幡信用金庫/同左/1974年
『住友銀行八十年史』 住友銀行行史編纂委員会/同左/1979年
※『大分銀行百年史』 大分銀行百年史編集委員会/大分銀行/1994年
※『住友銀行百年史』 住友銀行行史編纂委員会/住友銀行/1998年
※『福岡シティ銀行80年の歩み』 福岡シティ銀行/同左/2004年
※『北九州の近代化遺産』 北九州地域史研究会/弦書房/2006年
 ※=本編(前編・後編)と重複


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