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中津市の近代建築(前編)  



昨年9月上旬に訪れた中津市より、中心部に残る明治~昭和戦後期の古い建物を前後2編にわたってご紹介します。

中津市は大分県北部の中心都市。もとは黒田、細川、小笠原、奥平と変遷した中津藩の城下町で、奥平氏の時代には蘭学が盛んとなり、福沢諭吉をはじめ多数の学者・医者を輩出しました。近代に入ると鉄道の開通とともに商工業が発達し、1929(昭和4)年には大分・別府に次いで市制施行。戦後も大企業の進出を背景に発展を続けますが、旧来の市街地については大きな開発を免れており、現在も中津駅(JR日豊本線)北口から中津城の周辺にかけて城下町の風情を残す街並みが見られます。

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※画像クリックでグーグルマップのページへ移動

本題へ入る前に、住所に関するお断りを。中津市中心部のうち町村制施行当初の中津町域(旧城下町)には町名や大字が存在せず、住所は「中津市」の後に直接「◯◯番地」と続きます。これらの地域はグーグルマップでは“(その他)”となっており、それより細かい区分(小字)はある程度の位置こそ登録されているものの、その範囲や境界までは表示されません。よって当該地域に立地する建物でプライバシーへの配慮が必要な場合は、便宜的に「中津市中心部の洋館付き住宅」「中津市中心部の洋館(その1)」などと呼び、所在地も原則として「中津市中心部」とだけ表記します。

当日は正午前に中津駅に到着。駅構内にある無料(!)のレンタサイクルを利用し、北口から概ね反時計回りに街並みを巡りました。このたび見てきた物件の総数は48(うち橋梁1)。なお、今回は訪れた順に紹介していきます。



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クリーニング ピカピカランド
大分県中津市中殿468-3/昭和30年代?/木造2階建

駅北口の近く、大分県道23号沿いにあるクリーニング店。

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淡いグリーンのタイルとコーナーのアールが素敵な、ビル風の木造建築(たぶん)です。マスプロ電工を思わせるゆる~い字体も中々。

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東九州龍谷高校の建物
中津市中殿527/1920~30年代前半?/木造平屋建

東九州龍谷高校の敷地内にある小さな建物。正門入って左手、記念碑やかつての正門門柱とともに建っています(許可を得て撮影)。

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同校は扇城女学校として明治期に創立し、1922(大正11)年に現在地へ移転してきたとのこと。詳細は不明ですが、この建物は移転当初の施設の一部を保存したものでしょうか。

学校法人扇城学園 東九州龍谷高等学校 > 学校案内

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ダイニングレストラン ふわふわ
中津市蛎瀬578/大正後期~昭和初期/木造2階建

やや大ぶりな洋館付き住宅。現在は改修のうえレストランとして使用されています。

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急勾配の切妻破風を正面に向けるスタイルは、如何にも「とんがり屋根の洋館」といった印象。ちなみにこちらのブログの写真を見ると、数年前までは主屋が黒色、洋館部分はベージュに分かれていたようです。

大分食べ歩き > ふわふわ☆メインディッシュランチ

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蛎瀬の洋館付き住宅
中津市蛎瀬/昭和初期?/木造2階建

同じ並びにある洋館付き住宅。正面右手の玄関回りだけ洋風になっています。洋館部分はデザインから昭和初期の竣工と思われますが、ひょっとしたら洋館と2階は増築で、平屋建ての部分はもっと古いかもしれません。現在は空き家のようです。

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パラペット部分に刻まれた縦線と頂部のベージュが印象的。敷地手前の門塀もいい味出しています。

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蛎瀬の町屋建築
中津市蛎瀬/明治~昭和戦前/木造2階建?

これまた同じ通り沿い。一見普通の町屋のようですが、向かって右側では軒庇が切り落とされ、やや洋風寄りの外観となっています。

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コーナーに人造石洗い出し仕上げ、軒回りの処理にはS字曲線(サイマリヴァーサ)を使用。少々取って付けたような感じではあるものの、和洋折衷(というか擬洋風?)の面白い建物です。

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観音橋
中津市蛎瀬・島田/1926年/鉄筋コンクリート造桁橋?

町屋の角から少し入った先にある小さな橋。親柱によると1926(大正15)年3月の架設のようです。

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「くわんおんはし」の文字が素敵。すぐ近くに観音寺があるので、橋の名称もそれに因んだものと思われます。

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中津市中心部の洋館付き住宅(その1)
中津市中心部/明治~昭和戦前/木造2階建

門構えからして立派なお宅。厳密には洋館が付いているのではなく、和風住宅の一部が洋風、といった感じです。

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洋風部分の詳細。玄関より左を白色ペンキ塗りの下見板張りとし、縦長窓(両開き式)を各面2つずつ並べ、方杖付きの庇を巡らせています。

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中津市立北部幼稚園
中津市大塚23-1/1950年代?/木造平屋建

戦後モダンな雰囲気の園舎。越屋根というか招き屋根というのか、採光のために切妻の一方を跳ね上げています。こういうタイプの屋根は戦後の国鉄駅舎にもいくつかありました。

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中津市中心部の洋館付き住宅(その2)
中津市中心部/大正後期~昭和初期?/木造2階建

やや入り組んだ所にある洋館付き住宅。格調高い和風の主屋の玄関部分に、L字平面のこれまた立派な洋館がくっ付いています。さらに道路側の塀は鉱滓煉瓦によるフランス積みという珍しいもので、中津市内の建築の中でも注目すべき存在といえるでしょう。

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ちなみに撮影中、帰宅された家主さんと鉢合わせしてしまったのですが…「これも何かの縁だから」と招かれ、なんと家に上がらせていただくことに。内部の詳細は控えますが、いやはや貴重な体験となりました。

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中津市中心部の洋館付き住宅(その3)
中津市中心部/昭和初期/木造(主屋2階建、洋館平屋建)

切妻平入りの町家に挟まれた洋館付き住宅。主屋は両側の家よりも引っ込んでおり、手前にモルタル仕上げの洋館と門塀が付きます。

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洋館部分は前出の蛎瀬の物件と似ていますね。

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有限会社オーエー管理サービス
中津市785(豊後町)/明治~昭和戦前/木造2階建?

白壁の町家建築。原型の2/3ほどに縮小されているものの、残った部分については当初の外観をよく留めています。

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2階の外壁を縁取るようにさりげなく施された装飾。和風と洋風、どちらに属するのでしょう。

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中津市中心部の洋館付き住宅(その4)
中津市中心部/昭和初期/木造平屋建

これまた風格ある門構えのお宅。切妻平入りの主屋の玄関部分に、パラペットを立ち上げた洋館がくっ付いています。

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モルタルの配色や欄間窓のデザインが可愛らしい洋館ですが、立派な塀がここぞとばかりに本領を発揮し、全容は窺えません。こればかりは致し方ないですね。

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中津市中心部の洋館付き住宅(その5)
中津市中心部/昭和初期/木造平屋建

前出物件と同じ並び。洋館付き住宅としてはオーソドックスなスタイルですが、中津市内ではパラペットを立ち上げた洋館の方が目立ち、このように瓦葺きの勾配屋根を見せるものはかえって珍しい印象を受けます。

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洋館外壁の詳細。現状ではベージュ一色となっていますが、当初は軒付近とそれ以外とで仕様が異なっていたようです。

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炉ばた焼 うしお
中津市島田(新天神町?)/1950年代?/木造2階建

中津城下の東側を護った寺町の外れ。戦後に建てられたと思われる飲食店の建物です。

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パラペットを立ち上げて目地を切り、彫りの深い縦長窓を5つだけ並べたファサード。シンプルながら端正な佇まいです。

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扇家旅館
中津市島田30(天神町)/明治~昭和戦後期/木造2階建

うしおさんの近く。歴史のありそうな旅館です。

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外観からは今一つ竣工時期が読めませんが、戦後期に外観を改装しているのかもしれません。

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島田の飲み屋街
中津市島田/昭和20年代?/木造2階建

これも同じ辺り。片流れ屋根の長屋が細長い街区に2列、背中合わせに建ち並んでいます。建物は戦後の商店街や飲食街、問屋街によく見られるスタイルですが、ここでは防火上の理由からか3~4軒ごとに分けられており、計10棟ほどから構成されているようです。

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道路を挟んで向かい側にも建物が並び、スナックなどが軒を連ねています。この一帯は夜になると賑わうのでしょう。

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リル・ドリーム (旧 農業倉庫)
中津市島田57-11/1927年/煉瓦造+鉄筋コンクリート造

赤煉瓦の旧倉庫建築。市のHPによると竣工は1927(昭和2)年で、米や肥料の貯蔵に使用されていたそうです。

キャッチアップなかつ (中津市HP)

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2004(平成16)年からは「リル・ドリーム」という公共のホールとして活用されています。このとき建物内側へのRCによる改修に加え、南側にエントランスやバックヤードが増築されていますが、この増築部も外壁を煉瓦として外観のイメージを合わせています。

中津文化会館 > リル・ドリーム

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島田の建物 (旧 消防団詰所)
中津市島田/1936年/木造2階建

お寺の山門の脇にある建物。こちらのサイトによると、1936(昭和11)年に建てられた旧消防団詰所とのことです。

ラジオ工房 > 城下町中津 > 昔の中津町の写真 中津市の古い街並み 大正時代の兵庫屋

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2階窓のテント庇が何やら商店のようですが、現在は住宅となっている模様。

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日本料理 筑紫亭
中津市1692(枝町)/1914年/木造2階建 ※国登録有形文化財

幹線道路から程近い場所にある、明治創業の老舗料亭「筑紫亭」。建物は1914(大正3)年の竣工で、主屋と離れ、及び塀の3件が国の有形文化財に登録されています。

筑紫亭について (公式HP)
筑紫亭主屋 (文化遺産オンライン)

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門の外よりチラ見。主屋は1922(大正11)年に増築されており、2階には52畳の大広間を備えているそうです。また、離れは旧宇佐海軍航空隊の特攻兵たちが最後の夜を過ごした歴史があるとのこと(前掲HP参照)。

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中津市中心部の洋館(その1)
中津市中心部/1920年代後半?/木造2階建

洋館付き住宅…ではなく、まるごと洋館の住宅です。外壁は綺麗に塗り替えられていますが、大正末期から昭和初期の竣工と思われます。

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半切妻平入りで中央に切妻破風と玄関を配しますが、通りに雁行する形となっており左右対称ではありません。外観のデザインもどこかアンバランスに仕上げられ、独特な質感のモルタル外壁と相まって不思議な魅力を感じさせます。

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中津市中心部の建物 (旧 金融機関)
中津市中心部(新博多町?)/昭和30年代?/鉄筋コンクリート造2階建

軒庇や柱型、どっしりと構えた玄関が印象に残る建物。先ほど「島田の建物」でリンクを引いたページの終わりに掲載されている昔の地図によると、かつてこの場所には大分県信用組合が存在したようです。

◎ラジオ工房 > 城下町中津 > 昔の中津町の写真 中津市の古い街並み 大正時代の兵庫屋

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この建物と同信組の直接の関係は確認していませんが、少なくとも金融機関の施設であったということは、外観の特徴が雄弁に物語っているように思えます。竣工時期は大体1950年代後半~60年代前半くらいでしょうか。

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旧 山本計理事務所 (現存せず?)
中津市中心部/1950年代?/木造2階建/2015年秋~16年春ごろ解体?

前物件と同じ並び。切妻平入りの木造建築ですが、ファサードはかなりモダンに仕上げられています。額縁状のデザインや小豆色に塗られた窓枠、水色のルーバー(ともに木製)がたまりません。

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玄関脇には計理事務所のプレートが掲げられていましたが、ここ数年は空き家のような雰囲気で、外壁のモルタルが剥がれている箇所もありました。現在グーグルマップの航空写真を見ると更地になっており、残念ながら訪問後間もなく解体されたようです。

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木下履物株式会社
中津市中心部(古博多町)/昭和30年代?/鉄筋コンクリート造?2階建

これも同じ通り沿い。少々張り出した2階部分のデザインが特徴的な、履物店(卸問屋?)の建物です。

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この辺りまで時代が下ると、構造に今一つ自信が持てません。多分RC造だとは思いますが…。

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アパート秀峰苑 (旧 百三十銀行中津支店?)
中津市中心部/明治~昭和戦後期/木造2階建

かつての銀行を転用した珍しいアパート。一見いかにも銀行建築らしい外観ですが、表側を除く大部分は瓦葺きの入母屋屋根で、和風の建物に洋風のファサードをくっ付けたような構造となっています。

以下は推測の域を出ませんが…本体の和風部分は1908(明治41)年の竣工で、百三十銀行中津支店として開設された当初のものである可能性が高いです。正面の洋風部分については恐らく戦後、正金相互銀行(現・福岡中央銀行)が移転入居した際の増築で、1960年代に改装のうえアパートへ転用されたのではと思います。

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百三十銀行は大阪に本店を置いた大手銀行。創業者の松本重太郎が経営を引き受けた豊州鉄道(現在のJR日豊本線など)をはじめ、北部九州の経済界とも深い関係にあったことから、福岡・北九州といった都市部に加え、日豊本線沿線の行橋と中津にも支店を有していました。同行は1923(大正12)年に合併で安田銀行となりますが、中津・行橋の両支店は34(昭和9)年、安田財閥の系列行だった十七銀行に譲渡されます。十七銀行は45(同20)年に福岡銀行となり、中津支店は54(同29)年7月に現在の場所へ移転。直後の同年11月に正金相互銀行の中津支店が移転入居し、60(同35)年に再び移転するまで使用されました。(『福岡銀行二十年史』『正金相互銀行二十五年史』より)

先述の推測が正しければ、建物は百三十銀行の支店として建てられ、安田銀行→十七銀行→福岡銀行→正金相互銀行と変遷したのち、現在の用途に落ち着いたことになります。ちなみに中津支店とともに十七銀行へ譲渡された行橋支店ですが、こちらも「行橋赤レンガ館」として現存しています(写真)。

(続く)


⇒大きな地図で見る ※個人住宅はマップに反映させていません

(撮影・2015年9月)

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