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JR鳥栖駅  

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JR九州 鳥栖駅駅舎(旧 九州鉄道鳥栖駅駅舎)
佐賀県鳥栖市京町709/1903年(推定)/木造平屋建
設計:不詳 施工:間組?

昨年9月に18きっぷで行ってきた佐賀・長崎方面より、中規模の木造駅舎を3件ご紹介します。まずはJR鹿児島本線の鳥栖(とす)駅。当駅から分岐する長崎本線をはじめ、様々な路線の列車が乗り入れる一大ターミナルで、特急を含む全列車が停車する交通の要衝です。かつては大規模な機関区や客貨車区、操車場も併設されていました。

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1889(明治22)年、九州鉄道によって九州初の鉄道路線(博多~久留米間、現・鹿児島本線)が開通した際、その中間駅の一つとして開業。翌々年には現・長崎本線が佐賀まで分岐開通し、その後も路線が拡大するにつれて施設が手狭になったため、1904(同37)年に現在地へ拡張移転しました(開業当初は約600メートル南に立地)。

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今回ご紹介する駅舎は、移転前年の1903(明治36)年の竣工と考えられています[参考資料1]。また設計者は不明ですが、同時期に建設された九州鉄道の八幡・戸畑駅舎と特徴が似ており、当時の標準設計による可能性があるとのことです。移転拡張にあたっては、九州鉄道と関係の深い間組(※)が駅本屋の新築を含む諸工事を請け負っています[参3]

※1889(明治22)年、九州鉄道車庫の新設工事のため、福岡県の門司にて創業。1920(大正9)年に本店を東京へ移転し、31(昭和6)年に株式会社化。2013年に安藤建設と合併し、株式会社 安藤・間(安藤ハザマ)となって現在に至る。

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それでは駅舎を見ていきましょう。線路の西側に並行する細長い平面に、高い天井をもつ木造平屋建ての建物。明治期の駅舎としては大規模な部類に入ります。

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屋根は寄棟造で、下屋と切妻の玄関ポーチを備えます。いずれも当初は和瓦葺きでしたが、民営化後に人工スレートに葺き替えられています[リンク1]。他にも部材が塗り替えられたり(ベージュ→水色)、煙突にタイルが張られたりと変更点が見られるので、どうやら90年代頃に大幅なリニューアルが行われているようです。

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玄関ポーチは正面中央やや左寄りに位置。「工」の字を丸で囲った意匠が見られますが、佐賀新聞の記事によると“九州鉄道時代に駅舎を新築移転する際、国の許可を得て飾り付けたようです” とのこと[リ2]

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ポーチを支えるのは4本の角柱で、いずれも大きな束石の上に立っています。写真の支柱(駅前側の一方)は以前タクシーが衝突して折れたそう[リ3]。柱は新調されたようですが束石は再利用されており、他に比べて傷みが目立ちます。

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入口側の支柱は駅舎外壁と一体。タクシー衝突後に新調された1本を除き、支柱にはエンタシス(柱身下部から上部にかけて徐々に細くする技法)が施されています。

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下屋は駅舎正面(西側)から北側にかけて巡らされています。北側の一部は屋内に組み込まれていますが、大部分は吹きさらし。

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下屋の支柱には方杖と装飾。方杖は軒桁(両側)と陸梁(駅舎側)の三方に付きますが、いくつか欠けている箇所も見受けられます。今年の熊本地震後にも一部で落下が確認されたとのこと[リ4]

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壁面は内外ともに改造が著しく、ほとんど原型を留めていません。外壁は腰壁が縦板張り、その他が漆喰仕上げだったのではと想像しますが…。

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駅舎南側の2階建て部分は後年の増築。大正期の写真では確認できないことや階段のデザインなどを踏まえると、恐らく昭和初期頃ではないかと思います。増築部2階は会議室などに利用される大部屋があり、また1階は倉庫だそうです[参4]

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駅舎内部。玄関両脇に縦長窓(上げ下げ式)が1つずつ残っています。こちらは北側の方ですが、窓の外には案内板が。

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もう一方は自動販売機の陰になっており、いずれも辛うじて残されているという印象。他の窓は出入口への改造やサッシの交換など、何らかの形で手が加えられています。

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内部も大幅に手が加えられていますが、コンコースの天井が一部窪んでおり、その内側に簡素な装飾文様が見られます。

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入って左手(駅舎北側)には内外から煙突が確認でき、当初は暖炉を備えた待合室があったようです。現在はJR九州系列のベーカリー「トランドール 鳥栖駅店」の一部になっていますが、訪問後に行われた改装工事で暖炉の跡が再発見され、店内に保存・展示されているとのこと[リ5]。焚き口はコンコース側を向いているようなので、前述した天井中央の窪みは換気口の跡かもしれません。

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煙突頂部の詳細。リニューアル前はモルタル仕上げだったようです。内部は恐らく煉瓦積みでしょう。

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改札内の様子も少しだけ。構内は島式ホーム3面6線で、駅舎とは2本の地下道で連絡します。

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地下道へと続く通路の上屋。駅舎に面した部分に限り、駅前の下屋と同じ装飾が見て取れます。

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窓からの改造と思われる駅長室入口。

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最後に、1番のりばから見た駅舎東側。

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通路上屋の鼻隠しにも目がいきますが、足元には煉瓦積みの低いプラットホームの痕跡が。改札前の通路はもともと駅舎に面したホームだったようです。

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他にも古レール製のホーム上屋や名物・かしわうどん(美味しい)など、古き良き時代の面影を残す鳥栖駅。しかし、鳥栖市は駅の橋上化の方針を昨年末に決定しており[リ6]、今回紹介した駅舎の処遇が注目されています。鉄道とともに発展してきた歴史があるとはいえ、現在は福岡都市圏のベッドタウンとしての側面も強く、市民に保存を求める声が広がるかは未知数。建築的な価値についても、改装が重ねられた現状でどれほど認められるかというと、素人目には不透明に映りますが…何にせよ、一部外者としては良い方向に転がってくれることを願っています。

以上、JR鳥栖駅でした。次回以降の2件はサクッとまとめたいと思います。

【撮影年月】
 2015年9月 ※かしわうどんの写真のみ2016年3月

【参考資料・文献】
1.磯田桂史(2007)「九州旅客鉄道(株)鳥栖駅舎について」
 ※『日本建築学会研究報告.九州支部.3,計画系』第46号 pp.669-672
2.磯田桂史(2006)「九州旅客鉄道(株)鳥栖駅舎の建築年代について」
 ※『日本建築学会大会学術講演梗概集 F-2 建築歴史・意匠』2006年 pp.409-410
3.『間組百年史 1889-1945』間組百年史編纂委員会/間組/1989年 pp.132-134
4.『鳥栖の建築』(鳥栖市誌研究編第6集)鳥栖市誌編纂委員会、佐藤正彦/鳥栖市/2008年 pp.408-411

【リンク】
1.【JR全駅掲載】さいきの駅舎訪問 > 現役路線の駅舎 > 鹿児島線 > 鳥栖駅
2.佐賀新聞LiVE > 佐賀のニュース > まちの話題 > =知っとるね= 鳥栖駅の玄関(2) 国民に親しまれた〓マーク
3.佐賀新聞LiVE > 木造西洋風の鳥栖駅舎 柱折れて 修復願う市民の声
4.佐賀新聞LiVE > 鳥栖駅、柱の一部落下 けが人なし
5.朝日新聞デジタル > 佐賀)鳥栖駅のパン店、サガンのコーナー新設し新装開業
6.佐賀新聞LiVE > 鳥栖市、JR鳥栖駅を橋上駅化へ


(補足…駅舎の竣工時期と建物財産標について)

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鳥栖駅舎の竣工時期については、駅舎入口の建物財産標に「明44.3.30」と記載されていることから、国有化後の1911(明治44)年だとする見方もあります。しかし、個人的には「財産標の年月日」と「駅舎の竣工時期」が必ずしもイコールであるとは思っていません。以下、同じ佐賀県内における事例を2つ。

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▲JR小城駅(佐賀県小城市三日月町久米2076-1/明治後期/木造平屋建)

JR唐津線の小城駅。財産標には「大正6.3.27」との記載がありますが、1912(明治45)年1月撮影の写真に現在見られる駅舎が写っており、実際には駅が開業した明治後期の竣工と考えられています。

小城駅、国登録文化財に 鉄道建造物県内で初(佐賀新聞LiVE)
国登録(建造物の部)05(佐賀県HP)

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▲JR肥前白石駅(佐賀県杵島郡白石町大字福田1993-5/1930年?/木造平屋建)

JR長崎本線の肥前白石駅。財産標には「昭和24.3.10」とありますが、玄関ポーチの方杖装飾と、駅舎内部の平面構成が引っかかります。前者は昭和初期に建てられた小規模駅舎によく見られる特徴で、当駅を含む長崎本線の肥前山口~諫早間(旧有明線、1930~34年順次開通)や、うきは駅(福岡県うきは市/1931年/木1、写真)など久大本線の久留米側(1928~37年順次開通)の駅において、複数の類似例が確認できます。後者は1930(昭和5)年制定の「小停車場本屋標準図」の1、2号型にそっくりです。これら2点から実際の竣工時期は、当駅が福治駅として開業した1930(昭和5)年頃ではないかと思います。

モノフォトショップ 添田カメラ > 国鉄の駅 in 九州
これなあに? > 国鉄 木造駅舎の図面  小停車場本屋標準図

以上は「財産標の年月日」が「駅舎の竣工時期」よりも十数年ほど新しいと思われる事例ですが、こちらのブログの記事では逆に十数年ほど古くなっている、早岐駅(長崎県佐世保市)と上有田駅(佐賀県有田町)の事例が取り上げられています。

きーぼー堂 > 長崎県最古とされた駅舎、早岐駅・少女漫画「アオハライド」にも登場

こうした建物財産標への不信感(?)に加え、磯田桂史氏の詳細な研究(参考資料1、2)において「明治36年建設の可能性が高い」と結論付けられていること、また施工を担当した業者の社史(参3)の内容を踏まえて、当記事では九州鉄道時代の1903(明治36)年を竣工年とする立場を取りました。なお、記事冒頭では念のため“1903年(推定)” と表現しています。

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