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諫早市体育館  


諫早市体育館
長崎県諫早市東小路町2-38/1968年/鉄骨鉄筋コンクリート造+鉄筋コンクリート造+鉄骨造、地上4階建
設計:三座建築事務所 施工:松村組

前回に続いて諫早市中心部より。今回は市役所の西、諫早城址の近くにある諫早市体育館をご紹介します。第24回国体が長崎県内で開催されるのに合わせ、バスケ・バレー・バドミントンといった屋内球技や、柔剣道などの武道に対応する体育館として1968(昭和43)年に竣工。なお一昨年には、第69回国体に合わせて諫早市中央体育館(愛称・内村記念アリーナ)が新たに建設されましたが、競技への対応状況や立地との兼ね合いなどから、こちらの諫早市体育館も当面は継続利用されることになっています。

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設計は三座建築事務所で、1941年に島田正二・谷口正久・徳永正三の3氏によって設立された大阪の設計事務所とのこと。施工も同じく大阪に本社を置く松村組の福岡支店が担当しています。いずれも現存する企業なので、詳細は記事末尾より公式HPを参照ください。

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それでは建物を見ていきましょう。ファサード(冒頭写真)は南側ですが、全容はこちらの北西からの方が捉えやすいです。尖塔を戴いた特殊な形状の屋根、南北両端に大きく突き出した梁、側面にそびえる太い柱…一見して「これはただ者ではない!」と分かりますね。

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もっとも、素人目にはそれ以上のことは分からないのですが、幸いにして雑誌『近代建築』に建物が紹介されていたので、その解説の一部を以下に引用します。

(前略)
体育館室内照度については、自然採光を主とし、屋根中央北面よりのトップサイドライト及び東西面の壁上部と、南面(正面)側のサイドライトにより、均一な光線を取入れ、
…(中略)…
空間を創り出している主構造は、屋根面を支える4本柱と、対角線に交叉する山型ラーメン……対角線大架構(ダイヤゴナルトラス)……とで構成され、その架構の推力処理については、ねじれに対する剛性を強めるために、プレストレスコンクリートによる中空3角型梁を頭緊ぎ(ママ)として設けている。

※『近代建築』1968年8月号(近代建築社)より引用


これと同誌掲載の構造架構図・断面図とを照らし合わせると、屋根の構造体自体は山型(ピラミッド型)であるものの、頂部を中央北側へずらすことで、そこに生じた妻壁より内部へ自然光を採り入れているようです。

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引用文中の“中空3角型梁” とは、側面に見られる断面が三角形の梁を指すものと思われます。突出部の先端がV字型になっていますが、雨樋を兼ねているのでしょうか。

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側面の柱(SRC造)は飾りではなく、屋根の四隅を支えることで建物の骨格をなしているとのこと。先述の梁はこれらの支柱を補強するための「頭繋ぎ」という部材で、写真とは反対の右側面(東側)にも、同様に支柱・頭繋ぎが付いています。

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改めてファサード(南側)から見ていきます。弓状に反り返った屋根と、それらを支える片持ち梁の描く曲線がとても印象的な外観です。ちらりと見える尖塔がアクセントとなり、対称性を強調しています。

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敷地南北に高低差がある関係で、エントランスやアリーナなどの主要施設は建物の2階に配置。3階はアリーナの観客席(200席)、また1階は柔道・剣道・空手の道場を有する市武道館です。

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正面中央には庇と一体になったチケットブース。ここでも曲線が多用されているものの、いずれも端部はスパッと切り落とされており、中々にメリハリが効いています。なお内部は未見ですが、エントランスホールは卓球場として利用されているようでした。

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チケットブース手前には、竣工年月と当時の市長の名前が刻まれた定礎石、さらに敷地が旧領主・諫早氏(龍造寺系)より寄贈されたことを示す石碑が見られます。

この諫早市体育館敷地は昭和33年(西暦1958年)諫早家の寄贈によるものです 
ここに永くこれを後世に伝えます


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ほぼ全面を窓とした開放的なファサードと、高窓を除く大部分を壁とした側面の対比。ちなみに写真の東側には裏手の公園へと続く遊歩道があり、敷地外側を一周できるようになっています。ただし、現地では通り抜けられるかよく分からず、また先を急いでいたこともあって立ち入りませんでした。

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という訳で、ファサードから左側面(西側)、背面(北側)へと戻りつつ見ていきます。

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正面階段は側面のバルコニーへと繋がり、そのまま背面まで続いています(右側面でも同様)。手摺・欄干はコンクリート製ながら、円形断面の架木(ほこぎ、最上段の横材)の使用や角部の処理により、木材を組み合わせた高欄のように仕上げています。

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支柱接合部の詳細。

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バルコニーの終端部は地上へと下りる階段。竣工当初は正面側(2階レベル)を広場、背面側(1階)を駐車場として歩車分離が図られており、このバルコニーは駐車場とエントランスを結ぶ通路として機能していたようです。

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現在は正面広場も駐車場へとすっかり変貌し、当初の意図は損なわれてしまっています。もっとも、自家用車の普及によって手狭になったとか、あるいは車を降りてからが遠かったり、階段を通る必要があったりして不便だとか、やむを得ない事情もありそうです。

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最後に再び北西より、諫早眼鏡橋(写真)から眺めた全景。この一帯すべてが諫早氏より寄贈された土地で、諫早城(別名・高城)の跡を含めて公園として整備されています。どことなく和風で、かつ勇ましいデザインとなっているのは、そうした歴史的経緯を踏まえてのことでしょうか。何にせよ、個人的には周辺の緑豊かな環境によく似合う、とても美しい建物だと思いました。

しかしながら前回物件と同じく、訪問当時は行程の都合でゆっくり見られなかったこと、そして建物の情報を持ち合わせていなかったことが悔やまれます。やはりいずれは再訪して、せめて外観だけでも隈なく見て回りたいものですね。

以上、諫早市体育館でした。


【撮影年月】
 2015年9月

【参考文献】
「しんけんちく・にゅうす」 ※『新建築』1967年4月号(新建築社)p. 73
「諫早市体育館」 ※『近代建築』1968年8月号(近代建築社)pp. 122-124

【リンク】
諫早市公式HP > 諫早市体育館諫早市武道館
三座建築事務所(公式HP)
株式会社松村組(公式HP)

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