Fukupedia ホーム »  福岡県 »旧 飯塚市庁舎

旧 飯塚市庁舎  


飯塚市役所 旧庁舎
福岡県飯塚市新立岩5-5/1964年4月/鉄筋コンクリート造4階建(地階・塔屋付)
設計:三井鉱山三池? 施工:大成建設 ※2017年7月より解体予定

今回は福岡県飯塚(いいづか)市の市役所庁舎をご紹介します。自治体庁舎を取り上げるのは何気に初めてですが、北隣に建設中だった新庁舎が先日完成し、この建物は「旧庁舎」となってしまいました。今年7月より解体工事が始まり、跡地には駐車場が整備される予定とのことです(イメージパース)。

 飯塚市役所は大型連休明けの8日、8階建て新庁舎での業務を開始する。旧庁舎での最後の業務日となった2日、閉庁式があり、53年間使用した庁舎に別れを告げた。
…(中略)…
 4階建ての市役所本館は、既に解体された第1別館とともに1964年4月、現在の飯塚郵便局にあった庁舎から新築移転。99年に購入した2階建て第2別館(旧税務署庁舎)と合わせて本庁舎としていた。本館は7~12月に解体し、跡地は駐車場に。その後、第2別館も解体される。
 市役所は3~7日の連休中に引っ越し。8日朝は開庁式の後、市幹部や新規採用職員が来庁者を出迎える。

※毎日新聞 2017年5月3日(水) 西部本社筑豊版掲載記事(毎日新聞 > 飯塚市役所:閉庁式 53年使用の本館に別れ 業務は8日から新庁舎で)より引用

ちなみに私が訪れたのは現役時代、それも一昨年の夏のこと。例によってネタを溜め込んでしまった訳ですが、それでもせめて機能移転前に取り上げるべきだったような…と我ながら少々後悔しています。まあ何にせよ、月日が経つのは早いなあ、ということで本題に入りましょう。

iizk-co033.jpg

この庁舎は旧・飯塚市と近隣2町1村の合併を機に計画され、1962年に建設地を決定、翌63年3月に起工し、翌々年の1964(昭和39)年4月に竣工しました。本館は「コ」の字型で、正面側の南棟は4階建て、東・北棟及び敷地北側の別館は2階建て(いずれもRC造)。73年に本館を総4階建てに増築し、また99年には近隣の旧税務署庁舎を購入して第2別館としています。

2006年には周辺4町と新設合併し、これに伴って現・飯塚市の市役所本庁舎となります。ちなみに合併時の協定では「新市庁舎は旧穂波町内に建設する」とされたものの、利便性等を考慮して現地建て替えに変更されました。第1別館(当初からの別館)を解体後、15年春に新庁舎の建設に着工し、今年春に竣工。そして冒頭で述べた通り、今月上旬に新庁舎が供用を開始し、旧庁舎は役目を終えています。

iizk-co032.jpg

設計者は『主要建造物年表』によると “三井鉱山三池” とのこと。一見すると(株)三井三池製作所かな?と思いますが、同社は建設前の1959年には既に三井鉱山(株)から分離独立しているため、これが同社を指すのかは今一つ確証が持てません。また、三井鉱山自体も隣の稲築町(現・嘉麻市)で山野炭鉱を操業したものの、飯塚市とはさほど縁があるとも思えず、大して縁のない自治体(しかもそれなりの規模)の庁舎を設計するものだろうか…とやや疑問に感じます。

ちなみに施工者が大成建設であることは、同社九州支店の社史にて確認できています。ただし、巻末の年表に記載があるのみで、設計者についての情報は得られませんでした。

iizk-co029.jpg

それでは建物を見ていきます。正面(南側)は国道201号に面し、窓やバルコニーが連なる整然とした外観です。左上(南棟4階西側)には議場があり、ここだけ赤茶色のタイル張り。

iizk-co026.jpg

iizk-co025.jpg

また正面右上(同東側)には塔屋が立ち上がっています。高さは控えめですが、床・天井を除いて全面ガラス張りとしているのが特徴。

iizk-co015.jpg

iizk-co020.jpg

塔屋内部(許可を得て撮影)。このように頭上から足元まで窓が広がっているものの、内部には大きな貯水タンクが鎮座しており(写真)、外観から期待したほどの開放感はありません。恐らく当初は展望スペースとして市民に開放されていたと思われますが、訪問時は手前の踊り場が喫煙所に使われるぐらいで、人の出入りもほとんど無いようでした。

iizk-co019.jpg

かつては旧・住友忠隈炭鉱のボタ山(写真)も見渡せたはずですが、手前に飯塚病院の病棟が林立しており、すっかり埋もれてしまっています。もっとも、同病院は麻生グループが経営する全国有数の規模の病院であり、これはこれで壮観な眺めかもしれません。

iizk-co022.jpg

ついでに庁舎内の写真を少しだけ。これは本館北棟の廊下にあった長椅子。

iizk-co023.jpg

iizk-co017.jpg

南棟中央のメインの階段。中庭側に大きな窓があり、明るく開放的な印象です。

iizk-co018.jpg

iizk-co002.jpg

外観に戻ります。南棟左側面、雨水タンクの陰に定礎石。

iizk-co004.jpg

南棟背面。どことなく唐津市庁舎(佐賀県/1962年/岡田・的場設計事務所、写真)に通じる雰囲気ですが、建築時期が近く自治体の規模も同程度、また地理的にもそう離れていないので、多少似通っていても不思議ではないですね。

iizk-co007.jpg

iizk-co005.jpg

中庭にはボタ山を思わせるオブジェが。銘板によると、福岡銀行の寄贈とのことです(写真)。

iizk-co009.jpg

北棟。南棟と同じく、パラペットと両側面の外壁をかみ合わせた造りが見られます。八代市厚生会館(熊本県/1962年/芦原義信建築設計研究所、写真)の繋ぎ梁と似ていますが、同様の役割があるのでしょうか。

iizk-co003.jpg

iizk-co012.jpg

北棟背面。手前は第1別館跡地で、訪問時は既に新庁舎の工事が始まっていました。ちなみに第1別館は行政棟と消防棟から構成され、前者はシリンダーシェルの屋根、後者は本館よりもずっと高い望楼塔(火の見櫓)を備えていたようです。写真に収められなかったのが少し悔やまれますが、ストリートビューで見られるのでまあ良しとしましょう。

iizk-co010.jpg

右側面(東側)は南棟・東棟・北棟が連なっている上、過去に増築を行ったことも影響して少々雑然とした雰囲気。もっとも、市役所らしからぬ迫力が感じられ、個人的には中々カッコいいんじゃないかと思います。

iizk-co013.jpg

iizk-co014.jpg

東棟4階は議員控室。外側へ張り出した柱が目を引きます。

iizk-co011.jpg

iizk-co027.jpg

最後に再び正面。一見地味ながら意外と見所のある建物でしたが、竣工から半世紀を経て老朽化が進み、また使う側にとって不便な点も増えていたものと推察します。このほど完成した新庁舎には食堂やカフェも併設されているそうで、これまで以上に市民に親しまれる場所になると良いですね。

iizk-co001.jpg

以上、旧・飯塚市庁舎でした。内部の見学・撮影を快諾して下さった職員の方々に、改めてお礼申し上げます。


【撮影年月】
 2015年8月

【参考文献】
『飯塚市誌』飯塚市誌編さん室/飯塚市役所総務部庶務課/1975年
『九州の歩みと共に:大成建設九州支店小史』大成建設九州支店史編纂委員会/大成建設九州支店/1982年
『主要建造物年表 : 明治から昭和40年まで(1868-1965)』東京建設業協会/同/1989年

【リンク】
飯塚市HP > 新庁舎建設基本計画新庁舎建設ニュース第1号(いずれもPDF)
西日本新聞 > 飯塚市新庁舎が開庁 床面積2倍に 市民の利便性向上

スポンサーサイト

category: 福岡県

tb: 0   cm: 2

コメント

たぶん三池製作所

私もたぶん三池製作所の設計だと思います。実は三作は炭鉱関連以外の一般的な建築設計業務を請け負っていた時期があるようです。この件はいつかきちんと調べようと思いつつ、宿題として積み残しています。

タケ #- | URL
2017/05/28 16:18 | edit

Re: たぶん三池製作所

タケ様

コメントありがとうございます。
私は三井の炭鉱・工場や大牟田での設計事例を僅かに確認したのみでしたが、一般的な建築を手掛けた時期もあったのですね。
飯塚市史(1975年版・今年発刊分とも)を見ても設計者が載っておらず、また当時の『新建築』などを漁るも空振りだったので、三池製作所かどうか今一つ自信が持てていませんでした。
実際に同社の設計となると、こうした自治体庁舎を手掛けた例は珍しいかもしれませんね。既に役目を終えた建物とはいえ、気になるところです。

クータロ #- | URL
2017/05/28 20:15 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://fukupedia18.blog.fc2.com/tb.php/319-9155e53b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

カテゴリ

月別アーカイブ

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

▲ Pagetop