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NTT鹿児島支店  

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NTT西日本 鹿児島支店(旧 逓信省鹿児島郵便局電話課局舎)
鹿児島市松原町4-26/1926年/鉄筋コンクリート造2階建(+増築)
設計:未確認(逓信省経理局営繕課?) 施工:未確認

今回は鹿児島市よりNTT西日本 鹿児島支店の建物をご紹介します。敷地の一角にあるこちらの棟は、かつての鹿児島郵便局電話課の局舎で、1926(大正15)年の竣工。前回の門司電気通信レトロ館と同じく、共電式という電話交換方式の導入に伴って建てられました。

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前回同様『九州の電信電話百年史』より、共電式の概要を以下に引用します。同方式は従来に比べて利便性が格段に高まる一方、加入者の電話機の電源を交換局(郵便局や電話局)から供給する仕組みであり、大容量の電源設備を局舎内に収容する必要がありました。このため導入に際しては、既存の局舎では対応できず、建て替えや新築移転を伴うケースが多かったようです。

電話交換の初期の方式は磁石式で、加入者電話機には個別に送話用の電池や信号発電機などが備えられるため、その費用が高く、また多数の宅内に分散しているため保守に多くの人手を要し、不経済であった。これらの不利を除くため、改良されたものが共電式で、加入者電話機には送話機・受話器・電鈴など通話と信号に必要な機器だけとし、送話電池や信号用電源は各加入者が共用する大容量のものを交換局内に設備した。これにより、取扱いの簡便、通話の明りょう、安定、取扱能率の向上、回線収容能力の増加など、磁石式に比べて画期的な改良がなされた。

※『九州の電信電話百年史』243・244頁より引用

鹿児島郵便局は県庁・市役所と同じく同市山下町にありましたが、市は当局に対して早期の共電式導入を働きかけるため、約1キロ南にある南林寺(廃仏毀釈により廃寺)の墓地跡の一画を、局舎用地として無償提供することを1921年に決定します。そこから着工までは少々時間を要したようですが、こうした地元の努力もあって新局舎の建設が行われ、26年8月、福岡・門司に続く九州3番目の共電改式が実現したのでした。

<沿革>
1877 (M10) 12.15 鹿児島電信分局 開局(山下町)
1887 (M20) 03.26 鹿児島電信局に改称
1888 (M21) 08.01 同局と鹿児島郵便局が合併し、鹿児島郵便電信局が発足
1903 (M36) 03.--  電話通話事務開始
1903 (M36) 04.01 鹿児島郵便局に改称
1906 (M39) 12.21 電話交換業務開始
1926 (T15) 08.15 電話課分室局舎新築、共電改式(南林寺町)
1944 (S19) 12.15 鹿児島電話局 開局
1947 (S22) 11.01 鹿児島電信局 開局
1949 (S24) 06.01 電信局は電報局に改称
1957 (S32) 10.15 電話局 局舎新築
1958 (S33) 05.01 電話局 自動改式
1960 (S35) 11.12 電報局 局舎移転(南林寺町)
19 -- (S--) -- . --  電話局と電報局が合併し、鹿児島電報電話局が発足?
1989 (H01) 04.01 NTT鹿児島支店に改称
※前掲書「機関別沿革」等より抜粋・作成


施設の主な沿革は以上の通り。電話局への昇格後、戦後の電電公社時代には隣接して新局舎(RC5/施工戸田組)が建設されるものの、代わって電報局が山下町から移転入居しています。それ以後の詳細は不明ながら、恐らくは両局の合併による電報電話局の発足、そして民営化に伴う支店への改称を経て、現在に至るものと思われます。



設計者・施工者はいずれも確認できていません。鈍角に開いたファサード、緩やかな曲線を描くコーナー、柱間いっぱいに取られた窓、僅かに後退した最上階部分などなど、一見すると旧 東京中央郵便局(1931年竣工/設計吉田鉄郎、写真)を彷彿させる外観ですが…

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竣工から間もない頃の発行と思われる、「鹿児島郵便局電話課外観」と題された絵葉書を入手しました。これを見ると竣工当初は2階建てで、窓の形状も縦長だったことが分かります。現存する同時期の局舎では、旧 横浜中央電話局長者町分局(1925年/上浪朗)がデザイン面などで最も近い存在でしょうか。

横浜近代建築アーカイブクラブ > NTT東日本神奈川支店長者町
電話局の写真館 > NTT東日本|長者町ビル

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改めて、現状の外観を見ていきましょう。コーナーの玄関は埋められており、現在はファサードの左脇(東側)から出入りしています。足下には無用階段と化した石段がありますが、絵葉書と見比べると若干様子が異なり、どうもオリジナルではないようです。

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外壁は近年改修されたようで、隅々まで分厚い塗料に覆われています。もとは御影石だったと思われる基壇部もこの通り。

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全体はツートンカラーで、柱型と当初の頂部を緑がかった藍色、柱間と増築された3階を灰色に塗り分けています。

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ファサードの西側。柱間にあった方立はいずれも撤去され、大きな窓が整然と並んでいます。また柱型の両脇に見られた意匠も失われており、当初の外観に比べると少々平坦な印象です。

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同じく北側。こちらは窓の多くが塞がれていますが、それらの箇所では方立が残っているようにも見受けられます。

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側面(東側)には階段室と思しき部分があり、ほぼ塗り込められているものの窓台も確認できます。絵葉書を見る限りだと、外壁はやや濃い色合いのモルタルですが、窓台は御影石または人造石洗い出しだったようです。

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階段室より奥の部分。軒高は局舎の原型とほぼ同じながら、こちらは3階建てとなっているようです。もともと書庫のようなスペースだったか、あるいは電源設備の増強などに伴う増築と思われます。

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現在の正面玄関(というか正門)を挟んで東隣には、一回り小さな別棟が建っています。外観の雰囲気と前掲書の情報から考えると、恐らく昭和10年代の竣工で、鹿児島電気通信工事局の局舎だったものと推測しますが、確証はありません。

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おまけ。別棟の角に電電公社時代の石杭がありました。

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最後に、かつての玄関跡より見上げる。前掲書(1971年刊行)の掲載写真では既に現状に近い状態となっており、この時期までに3階の増築や玄関位置の変更、玄関庇・方立の撤去といった大幅な改造が行われているようです。結果的に一見モダンにも思える外観へと変貌した訳ですが、こうして竣工当初の姿を知ってしまうと、やはり原型を留めていないことが悔やまれてなりません。

もっとも、逓信施設(特に電信・電話)が国防上も重要な施設だったことや、鹿児島市が本土上陸を見越した米軍によって執拗な空襲を受けたことを踏まえると、戦時中に迷彩塗装を施されたり、空襲で被災したりした影響である可能性も考えられます。いずれにしても、そうした厳しい時代を乗り越えて今日まで残ったという意味では、建物の持つ価値は決して小さくないと言えるでしょう。

以上、NTT鹿児島支店(旧 鹿児島郵便局電話課)でした。


【撮影年月】
 2016年9月

【参考文献・リンク】
『九州の電信電話百年史』日本電信電話公社九州電気通信局/電気通信共済会九州支部/1971年
『鹿児島市史』鹿児島市/同/1924年(国立国会図書館デジタルコレクション
電話局の写真館 > NTT西日本|鹿児島支店 松原ビル
NTT西日本 > 支店情報 > NTT西日本|鹿児島支店(公式HP)
電報電話局(Wikipedia)

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