唐津市庁舎

唐津市役所本庁舎
佐賀県唐津市西城内1-1/1962年/鉄筋コンクリート造3階建
設計:岡田・的場設計事務所 施工:松尾組 備考:建て替え予定あり
今回は唐津市役所本庁舎をご紹介します。唐津(からつ)市は佐賀県の北西部に位置する、かつて肥前国唐津藩が置かれた県内第2の都市です。市制施行30周年を迎えた1962(昭和37)年、現在の市庁舎が竣工しました。
▲本館
竣工当初の庁舎は本館に加え、隣接する商工会議所、議事堂、車庫、消防署の計5棟から構成されていました。その後、商工会議所・消防署は移転によってそれぞれ東別館・西別館、また車庫は建て替えられて広域圏棟となり、いずれも市役所の一部として使用されるほか、近隣にも水道庁舎と大手口別館が新たに設けられています。
しかし、完成から50年以上経過して老朽化が進んでいることや、平成の大合併*1 に伴って手狭になったことなどから、市は昨年1月までに庁舎建て替えの基本計画を策定。合併特例債を活用できる2020年度をめどに、敷地内に新庁舎を建設し、その後現庁舎を解体する方針となっています。
▲東別館(旧商工会議所棟)
先述の基本計画では、大手口別館を除く全機能を新庁舎に移し、移転後の既存庁舎は西別館のみ継続利用する方針です。さらに、今年まとまった新庁舎の基本設計案によると、①議会棟を本館内に、西側の駐車場を東側「憩いの広場」跡に一時移転、②議会棟・駐車場の跡地に新庁舎を建設、③新庁舎に全機能を移転、④現庁舎・仮駐車場の跡地に駐車場・広場を整備――といったスケジュールが示されています。
このまま特に変更が無ければ、当初の庁舎は西別館以外すべて解体され、うち議会棟は一足早く姿を消す見通しです。市は今年1月に広場を閉鎖し、第一段階となる駐車場移転に着手しており、いよいよ建て替えに向けて動き出した感があります。
▲議会棟(市議会議事堂)
現庁舎の設計は岡田・的場設計事務所で、岡田進、的場芳文両氏ら4名が担当。詳しくは次回改めて触れますが、市内にある虹の松原ホテル(建て替え済み)も手掛けた福岡市の建築事務所です。また、施工は佐賀市に本店を置く松尾組(現 松尾建設)が請け負っています。
当時の地方では、目ぼしい建築の多くを官庁営繕組織や中央の建築家、大手設計事務所・ゼネコンが手掛ける傾向にあり、地元建築家を取り巻く環境は芳しくなかったようです*2 。そうした時代背景もあって唐津市庁舎の評価は高く、地方の建築家による公共建築の好例として『新建築』などの雑誌に取り上げられています。

それでは現庁舎を見ていきましょう。なお、写真の撮影時期は一昨年4月と昨年3月であり、既に状況が変わっている部分もあると思われますが、あらかじめご了承ください。
敷地は唐津城址の南西に位置する、旧三の丸の一画です。手前には石垣が残り、かつての水堀も一部復元されています(写真)。南側の正面アプローチには冠木門が設置されていましたが、今年1月に撤去されたとのこと。


門を潜ると正面奥に本館、左手前に議会棟、右には広場があり、その他のスペースは車路と駐車場です。一昨年に訪れた時は土曜日の夕方で、このようにすっきりとした感じでしたが、昨年の再訪時は平日午前だったため、来庁者の車で少々混雑していました。

本館。柱・腰壁・窓で構成された端正な外観で、大きく突き出した軒や、地窓の庇による陰影が印象的です。柱梁と軒・庇はコンクリート打ち放し(後年吹付塗装)、壁は茶色のタイル張りとなっています。


内部(許可を得て撮影)。やはり大部分が改装されていますが、玄関ホール突き当りの吹き抜け空間は比較的原型を留めていました。陶板壁画は洋画家・山口長男(やまぐち たけお)の作品「遊」で、地元陶芸家・13代中里太郎右衛門(なかざと たろうえもん)が制作を担当。古くから唐津焼で知られた土地柄からか、庁舎の内外で積極的にタイルを使用したようです。


壁画の作風が抽象的なこともあり、訪問時は手前の階段にばかり目が行ってしまいました。骨太な割に浮遊感がありますが、踊り場部分(写真ではパネルの陰)に脚が付いています。


外部に戻って、塔屋を遠くから。右半分は当初吹きさらしの展望スペースだったようですが、改築されて現在は会議室となっています。


続いて、本館に隣接する東別館。1階は渡り廊下、2・3階は連絡通路で本館と接続しており、外装仕上げも本館と同様です。ちなみに当初入っていた唐津商工会議所ですが、現在は約200メートル東の唐津商工会館(写真)へ移っています。


旧商工会議所の正面にあたる東面。2・3階のルーバーが目を引きますが、上下左右とも交互に角度を変えて並んでおり、中々面白い配列です。


他にも玉石張りの1階腰壁や、斜めに張り出した南面外壁など、本館とは異なる特徴も見られます。


議会棟。2階に議場、3階に傍聴席があり、本館とは連絡通路で結ばれています。四方に張り出した2階が開放的ですが、竣工当初は正方形の穴あきブロックで覆われており、現在とはかなり違った姿だったようです。


正面玄関。傍聴席へは外階段から出入りする構造です(現在は内部にエレベーターあり)。玄関ホールはちょうど本館の縮小版といった感じで、こちらは当初の雰囲気をよく留めているようでした。


玄関上のバルコニーの手摺。この辺りもほぼ当初のままでしょうか。


議会棟西面と、本館西側に連なる旧広域圏棟(下写真)。旧広域圏棟は1972年の増築で、設計・施工は未確認です。それから西別館(旧消防署、現防災センター)ですが、近年に耐震改修が行われており、そのせいか現地では完全に見落としていました。


最後に、敷地南東にある「憩いの広場」。広場というよりはちょっとした庭園という印象です。完成は市庁舎より2年遅い1964年で、先に触れた通り今年1月に閉鎖されています。


庭園の一角にある “市民憩いの庭” と題したプレート。設計はエドワード・A・ウィリアムス、監修は かとう・だいすけ、施工は庁舎と同じく松尾組であることが刻まれています。地元紙の記事によると、設計者はアメリカの著名な造園家。観光で唐津を訪れた際、完成したばかりの市庁舎を気に入り、庭園の設計を申し出たとのことです。
◎まちから村から 市民憩いの広場 国内初 外国人設計の庭園(佐賀新聞LiVE、有料記事)
ちなみに、庁舎建設時の計画では「市民広場」となっていたようなので、「広場」という名称と実際の雰囲気に少しギャップがあるのは、この辺りの経緯が関係しているのかもしれません。



以上、唐津市庁舎でした。
【脚注】
*1 2005年に東松浦郡浜玉町・厳木町・相知町・北波多村・肥前町・鎮西町・呼子町と合併、翌06年に同郡七山村を編入。
*2 光吉健次「九州における地方建築家の姿勢」、同「九州における建築とその背景」、神代雄一郎「地方に求める」による。掲載雑誌は参考文献を参照。
【撮影年月】
2016年4月、2017年3月
【参考文献】
「時評 九州における地方建築家の姿勢」光吉健次
※『新建築』1962年8月号(新建築社)pp.57,59
「地方に求める」神代雄一郎
※同号 pp.132-134
「九州の建築28題」
※同号 pp.158-170
「唐津市庁舎」
※同誌1962年12月号 pp.123-128
「地方建築家ばんざい」浜口隆一
※同号 pp.126,128
「北九州特集 九州の建築家たち」浜口隆一
※『近代建築』1963年5月号(近代建築社)pp.37-41
「九州における建築とその背景」光吉健次
※同誌1964年4月号 pp.39-43
【リンク】
◎唐津市HP > 庁舎案内、新庁舎建設、唐津市新庁舎建設基本計画(PDF)、唐津市新庁舎建設基本設計案 概要版(PDF)
◎佐賀新聞LiVE > 唐津市役所前「憩いの広場」 半世紀の歴史に幕 庁舎建て替えで解体 13日式典
◎朝日新聞デジタル > 唐津市新庁舎の基本設計まとまる 意見を募集
◎唐津市、山口長男、中里太郎右衛門 (13代)、EDEW(Wikipedia)
◎Edward A. Williams(PCAD)
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2021-10-19 18:49 編集