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2019/04/21 (Sun) 09:00

日本製紙八代工場の建築

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昨年6月に訪れた熊本県の八代(やつしろ)市より、日本製紙八代工場の建物をご紹介します。同工場は1924(大正13)年に九州製紙八代工場として創立。以後、合併や分割によって樺太工業・王子製紙(旧)・十條製紙と変遷し、93(平成5)年に現社名となりました。この間、恵まれた立地環境を背景に成長を続け、九州最大規模の製紙工場として現在に至っています。

当記事では外部から見える範囲で、管理施設や福利厚生施設を中心に計7件ほど取り上げます。



日本製紙体育館(旧十條製紙八代工場体育館、十條体育館)
熊本県八代市十条町4-3/1960年/鉄筋コンクリート造2階建
設計:十條製紙八代工場工作課 施工:和久田建設

まずは個人的メインの体育館から。十條製紙時代の1960(昭和35)年3月の完成で、現在も工場関係者を中心に利用されているようです。『熊本の建築』(1960年)によると、設計者は同工場工作課。外観は同書の掲載写真と比較すると、建具の交換や2階腰壁の改修(暗色系タイル→吹付塗装)といった変更点も見られるものの、当初の姿を概ねとどめています。

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敷地は工場から少し離れており、正門を出て北東へ徒歩5分ほどの距離。すぐそばを水無川が流れ、橋を渡ると社宅街(後述)があるという立地です。堤防や対岸から眺めると、建物の特徴であるヴォールト屋根が見て取れます。もっとも、屋根の構造については資料に記述がなく、内部も未見なので何とも言えません(分かる人が見れば分かるんでしょうけど)。

それはともかく緩やかなアーチに大きな採光窓と、どこか優美さすら感じさせる印象的な佇まいです。個人的にこの手の「一つのアーチを複数に区切った窓」が好きなので、これだけでも訪れた甲斐がありました。

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背面。増築部に遮られますが、建物の断面の様子が窺えます。

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2階側面に張り出したギャラリー(たぶん)。

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正面右脇には掲揚台?があり、中央に十條製紙の社章📷があしらわれていました。体育館や工場が所在する「十条町」もそうですが、40年以上も親しまれた社名だけあって、その痕跡が少なからず見られます。

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玄関。一見シンプルな造りですが、足下は洗い出し仕上げで、また入って左手の壁には石貼り意匠が見られました。

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以下、他の建物をごく簡単に見ていきます。


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日本製紙八代工場 6号抄紙機建屋?(旧 十條製紙八代工場5号抄紙機建屋)
八代市十条町1-1/1961年/鉄筋コンクリート造?

工場内にある生産施設の一つ。現名称は確認していませんが、同工場『五十年のあゆみ』(1974年)によると、発行時点では6号抄紙機建屋(運転開始当初は5号)とのことです。規模は大きく異なるものの、建物のシルエットや建設時期は体育館と近いものがあります。

ちなみに私は未見ですが、構内には1号抄紙機建屋(RC+鉄骨トラス)など、創立当時の生産施設も一部現存するそうです。

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同 クラブ(旧 九州製紙八代工場クラブ)
同上/1925年/木造平屋建

工場内にある創業期の迎賓施設で、手前の洋館と奥の和館から構成。敷地外からはほとんど窺えないものの、木々の向こうに目を凝らすと、風格ある姿が垣間見えます。ちなみにこの建物を利用されたかどうかは分かりませんが、1962(昭和37)年には当時の皇太子ご夫妻(現在=平成の天皇皇后両陛下)が当工場を視察されたとのこと。

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同 本事務所(旧 王子製紙八代工場事務所)
同上/1938年/木造平屋建(一部鉄筋コンクリート造)

正門入って右手にある工場事務所。旧王子製紙時代の1938(昭和13)年の建築です。

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同 守衛室(旧 十條製紙八代工場守衛室)
同上/1957年/鉄筋コンクリート造2階建

正門左手にある守衛室で、逆円錐状の柱がモダンな印象です。建築年は『熊本の近代化遺産』より。

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日本製紙八代サポート株式会社(旧 十條製紙健康保険組合八代診療所)
八代市福正元町8-17/1956年/鉄筋コンクリート造平屋建
設計:梓建築事務所 施工:清水建設 ※2019年3月撮影

正門前、道路を挟んで向かいにある建物。現在は関連企業が使用していますが、当初は工場従業員向けの診療所でした。雑誌『建築界』の記事によると、設計者はなんと現・梓設計で、担当として清田文永氏(同社創業者)らの名前が記されています。

余談ながら、私がそれを知ったのは今年に入ってからのこと。昨年6月の訪問時点では一応目に留まったにもかかわらず、さほど古い建物だと思わずスルーしていたのでした。自分の見る目の無さは今更としても、有名な建築事務所の作品と知って手の平を返すのはどうなんだ……と自問しつつ、先月に改めて撮影してきた次第です。

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日本製紙八代工場の社宅街(仮称、旧 十條製紙八代工場日置社宅)
八代市福正町/1950年代半ば~後半?/鉄筋コンクリート造3階建ほか

最後に、体育館を過ぎて橋を渡った先にある社宅街。かつてはRCの小規模な社宅が多数並んでいたようですが、4棟を残してほとんど解体されており、跡地には芝生が広がっています。『五十年のあゆみ』の年譜によると、日置社宅は1954年7月に第1次、56年4月に第2次工事の地鎮祭をそれぞれ実施。このため、50年代半ばから後半にかけて建設されたものと思われます。

なお、現在は敷地の一画に不知火寮(4階建て1棟)が建っています。既存4棟や「日置社宅」という名称がどのように取り扱われているのかは分かりません。

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ちなみに社宅街の一角には、こんな給水塔?も見られます。草原にぽつねんと佇む姿もさることながら、一際目を引くのがその形状で、神戸ポートタワー(1963年)を思わせるシルエット。本来の役目は終えているのかもしれませんが、ただならぬ存在感がありました。


【撮影年月】
 2018年6月

【参考文献・リンク】
「十条製紙株式会社小倉工場厚生会館 十条製紙・健康保険組合・八代診療所」木村晴一
 ※『建築界』1957年4月号(理工図書)pp.40–42
『熊本の建築』熊本県建築士会/同/1960年
『五十年のあゆみ』工場五十年史編さん委員会/十條製紙株式会社八代工場/1974年
「工場紹介(35):日本製紙(株)八代工場」(J-STAGE
 ※『紙パ技協誌』1995年3月号(紙パルプ技術協会)
『熊本の近代化遺産』下(県北・県南・天草) 熊本産業遺産研究会、熊本まちなみトラスト/弦書房/2014年
日本製紙グループ > 沿革八代工場(公式HP)
YAMASEMI WEB BLOG > 団塊世代のヤマセミ狂い外伝#2.八代へ転校してカルチャーショック(1960年代の体育館、日置社宅などの写真あり)

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