FC2ブログ
2019/07/14 (Sun) 09:00

旧 中本呉服店


八幡東区西本町のビル
(旧 中本呉服店 → 八幡総合授産所ほか)

福岡県北九州市八幡東区西本町1丁目6/1934年?/鉄筋コンクリート造3階建
設計:不明 施工:鴻池組? 備考:2019年8月に解体予定 

今回は小ネタです。つい先日、以下の新聞記事が(私の)ヤフートップに出ていました。北九州市のとある廃ビルに関する記事で、来月に解体されるのを前に、ビルの秘めた歴史に迫っています。私もこのビルを1回だけ見たことがあり、謎めいた佇まいが印象に残っていました。

 八幡製鉄所の「企業城下町」として発展した北九州市八幡東区西本町に、戦前に建設されたユニークなデザインの廃ビルがある。戦後は職業訓練を施す「八幡総合授産所」として使われたが、もともとは何のビルで、いつ建てられたのか、住民の記憶からも消えていた。8月に解体、撤去される見通しとなり、地元の郷土史家たちが調査すると、「謎のビル」の数奇な歴史が浮かび上がってきた。(中略)
 土地台帳を調べると、所有権は何度も移転していた。さかのぼっていくと「八幡市」「八幡製鐵」「中本呉服店」とあった。34年発行の書籍に、ビルが「建築途中」という広告が出ているのが見つかり、旧棟はそのころに建設されたことが分かった。(後略)

※西日本新聞 2019年7月9日(火)配信記事(いつ、何のため?北九州に“謎のビル” 調査で浮かんだ数奇な歴史)より引用

引用文中にある通り、ビルの建築時期は1934(昭和9)年頃。所有者は何度も変わっていて、そのうちの一つは「中本呉服店」とのことです。

y-vtc002.jpg

ところで、以前図書館でゼネコン各社の社史を読み漁っていたのですが……中堅ゼネコンの鴻池組(本社・大阪市)の工事記録に、以下のような記載がありました。

着工年月~完成年月所在地注文者工事名称
昭9.6~昭和9.12八幡市中本精二氏中本呉服店新築
※『鴻池組社史』849頁より抜粋

仮に上記の内容がこのビルを指すとすると、鴻池組の施工で1934年12月に完成した呉服店建築ということになります。(ちなみに当時の八幡市は現在の北九州市八幡東区、八幡西区)

y-vtc003.jpg

この建物の存在を初めて知った時、ガラス張りの曲面が不老泉📷(大分県別府市/1957年/現存せず)みたいだな~という印象を抱いたこともあり、当初は戦後建築だろうと信じて疑いませんでした。しかし、今になってみると確かに戦後の公共建築というよりは、戦前の商業建築という方がしっくり来る気がします(流されすぎ?)。

もっとも、いずれにせよ特異なデザインであるのは違いありません。例えば上述のガラス曲面ですが、不老泉では側面の階段室に用いられ、塔屋とともに左右非対称のファサードを形成していました。一方こちらのビルでは正面中央が窪んでおり、その凹部の両隅を覆う形で左右対称に配されています。真ん中の円柱や屋上の取っ手(?)も相まって、何とも不思議な雰囲気です。

y-vtc004.jpg

そんな魅力あるビルですが、私の撮った写真はこの4枚程度。訪問当時は銀行建築巡り📄の最中で、道向かいを通り過ぎるだけに終わったのでした。とはいえ、これが見納めというのもあまりに勿体ないので、できれば解体前に改めて見に行きたいものです。


【撮影年月】
 2015年12月

【参考文献・リンク】
『鴻池組社史』鴻池組社史編集委員会/鴻池組/1986年
私の「小倉日記」 > 北九州レトロ建築巡り(30)旧中本呉服店
ALL-A > 旧八幡総合授産所

スポンサーサイト



コメント

非公開コメント