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2020/03/14 (Sat) 09:00

伊万里市民会館


伊万里市民会館
佐賀県伊万里市松島町73-1/1971年開館/鉄筋コンクリート造2階建(事務所棟)
設計:総合計画設計事務所 施工:黒木組 備考:大ホールは2020年3月末に廃止予定

 今回は伊万里市民会館をご紹介します。佐賀県の伊万里(いまり)市中心部の少し北側、伊万里駅(JR筑肥線・松浦鉄道)から徒歩10分余の距離に位置する文化施設です。約1千人収容の大ホールと事務所棟から構成され、1971(昭和46)年の11月3日=文化の日に開館。敷地内にある中央公民館(前年開館)と老人福祉センター(翌年開館)と併せ、同市の文化センターとして一体的に整備されました*1
 以来、地域の芸術・文化の振興に寄与してきましたが、いずれの施設も完成からおよそ半世紀が経過。とりわけ大ホールについては、空調や舞台装置など設備の老朽化が著しいことに加え、近隣に同種施設(市民センター/1992・H4開館)が存在することから、維持管理に要する財政負担が懸念されていました。このため市は昨年、大ホールを廃止する方針を表明。12月の市議会で関連議案が可決され、同年度末の廃止が決定しました*2
 したがって当館の大ホールは今月末、つまり2020年3月をもって廃止となります。ただし、建物は解体せずに存置するとのこと。また大ホール以外の部分(楽屋・ホワイエ)は、隣接する事務所棟とともに今後も従来通り利用できるそうです*3

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 当館と中央公民館・老人福祉Cの設計者は、雑誌『新建築』の記事によると総合計画設計事務所。掲載された設計要旨には下田隆一という署名があります。下田氏はもと建設省の営繕技師で、日本建築学会賞の作品賞を受けた大分県庁舎本館📷(1962・S37竣工/建設省九州地方建設局営繕部建築課)の設計担当者の一人です*4
 また『設計事務所便覧』によると、同事務所の設立は1965年で、下田氏が代表取締役を務めています。よって当館は、氏が建設省を退官して独立した後に手掛けた作品という理解でいいでしょう。ただ、これら設計者に関する情報はまだまだ確認不足なので、いつものような記事末尾の補足は今回はありません。いつか大分県庁舎をはじめ九州地建の作品を記事にする際、併せて紹介できるぐらいに情報を集められているといいな~と思います(願望)。
 なお施工者は『新建築』によると黒木組。これは伊万里の地場ゼネコン・黒木建設(1972・S47改称)のことで、市民会館のすぐ隣に本社を構えています。

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 大ホール外観。縦長断面の梁を縦横に走らせ、端部を大胆に切り落とした造形が印象的です。ベージュの外装色も相まって、どことなく木材による軸組を連想してしまいます。もっとも『新建築』や市報に掲載された竣工当時の写真(白黒ですが)を見る限り、柱と梁はどうやら打放し仕上げだったようです。
 脳内で現状のベージュを打放しに置き換えてみると、戦後の公共建築でよく見られた木造風の表現(イメージ📷)というより、むしろコンクリートの構造美や力強さが率直に表現されているように思えてなりません。ちなみに先に挙げた大分県庁舎でも、本館南側の厚生棟📷の屋根架構に似たような構造表現が見られます。この厚生棟部分の設計にも下田氏が関与したのかは不明ですが、いずれにせよ大分県庁と伊万里市民会館、両建築が同じ系譜にあることが窺えます。

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 チケットブースの左下に定礎石📷。右下に見えるのは国民年金特別融資のプレートでした。

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※画像クリックで拡大

 ちなみに内部は未見ですが、市報によるとホールの緞帳は地元の喧嘩祭り「トンテントン」を、またホワイエの陶板壁画は古伊万里焼の窯場風景を描いたもの。緞帳のデザインは京都の井隼苑之氏、製作は同じく京都の(株)丸昌。壁画のデザインは、福岡市地下鉄の各駅のシンボルマークなども手掛けた西島伊三雄氏で、製作は有田の岩尾磁器工業(株)とのことです*5
 余談ながら、後年設置されたと思われる正面外壁の「市民会館」のサインも陶板製でした。写真の「館」の右下に作者(というか揮毫者?)のサインらしきものが見て取れますが、残念ながら判読不能。

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 大ホール以外もざっと見ておきます。敷地は川沿いの低い土地で、前面道路(写真左)から下りると駐車場の奥に大ホールが、左手の川べりにその他の施設があります。敷地前方から中央公民館、市民会館事務所棟、老人福祉Cという具合に、開館が早い順に並んでいます。

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 中央公民館。生涯学習センターとして学習室を貸し出すほか、1階の一部を歴史民俗資料館としています。1970(昭和45)年の開館当初は2階に図書館があったとのこと。

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 事務所棟との接続部分。この2棟は当初の打放し仕上げをよく留めていましたが、銘板や軒裏などに挿し色のような、カラフルな塗装が施されていたのが印象的でした。残る老人福祉Cは遠目に見たところ、比較的最近になって改装されたような雰囲気だったと記憶します。
 なお、事務所棟と老人福祉Cの写真はほとんど無し。というのも訪問時点(昨年11月)では大ホールが廃止されることになるとは夢にも思っておらず、加えて当日昼までに同県武雄市でだいぶ時間を使ってしまったので、伊万里市には当館の「下見」として僅か10分程度しか滞在しなかったのです。結果的には、とんぼ返り覚悟で訪れておいて良かったように思います。ただ、訪問時は外観だけしか見ていないこと、そして大ホール廃止後も建物は残ることを考えると……いや、これ以上考えるのは止めておきましょう。

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 以上、伊万里市民会館でした。



【表】佐賀県内における昭和戦後の公共ホール
No.名称開館設計/施工席数閉館・廃止
1嬉野市公会堂📷1957 (S32) 02(未確認)4202018年度末
2佐賀市民会館📷1966 (S41) 04日建設計工務/松尾建設1,0312015年度末
3鹿島市民会館📷1966 (S41) 05(未確認)9292018年度末
4唐津市民会館📷1970 (S45) 10山下寿郎設計事務所/大成建設1,2022020年度末※
5伊万里市民会館📷1971 (S46) 11総合計画設計事務所/黒木組1,0072019年度末※
6武雄市文化会館📷1975 (S50) 05環境設計、三島建築設計事務所/松尾建設1,380(現役)
7多久市中央公民館1980 (S55) 07(未確認)547(現役)
8鳥栖市民文化会館1982 (S57) 07久米建築事務所/鹿島建設、松尾建設1,518(現役)
出典は[1] 市HP、佐賀新聞2018/12/5、[2] 佐賀新聞2014/09/26、[3] 新鹿島市民会館(仮称)建設基本構想・基本計画、[4] 唐津市文化事業団HP、新建築197102、佐賀新聞2019/06/04、[5] 佐賀新聞2019/9/28、新建築197202、[6] 市HP、新建築197303、佐賀の建築50年、[7] [8] 両市HP。出典の詳細は表外(記事末尾)に記載。名称と席数は現在または閉館・廃止時点。席数は各館の大ホール。閉館・廃止の※印は予定。伊万里市民会館は閉館ではなく大ホールのみ廃止。

 おまけ。佐賀県内の各自治体の主なホールのうち、昭和戦後に開館したものを把握している範囲でまとめました。県内10市中8市に1件ずつあり、概ね開館から約50年が経過した施設から順次閉館していることが分かります。例外といえるのが嬉野市公会堂。表中では唯一市制施行前の施設*6 でありながら、最も早くに開館し、かつ最も長く62年にわたって使用されました。ただし、他の施設に比べて時期が一回り早いこともあり、内部はホールというよりも昔ながらの講堂といった感じだったようです。
 なお、閉館済みまたは閉館予定の5件のうち、嬉野・佐賀・伊万里は既存の同種施設への統合廃止、鹿島・唐津は新施設への建替えで、いずれも街からホールが消えたわけではありません。特に佐賀市の場合は1,811席の大ホールなどを有する文化会館(1989・H1開館)があるため、老朽化した市民会館の廃止はやむを得なかったものと思われます。
 とはいえ他の市では代替施設をめぐり、収容規模の見劣りや、建替工事中はどうするのかなど、少なからぬ課題があるのが現実です。今回紹介した伊万里を例に引けば、代替となる市民センターのホールは570席にとどまり、従来なら可能だった1千人規模のイベントは行えなくなります。そうした観点から市民会館大ホールの廃止に反対する意見もあったそうです。
 難しい話はさておき、表の下2つは未訪なのでいずれ押さえられればと思います。個人的に1980年代以降の建物は少々関心が薄れるものの、ちょっと興味をそそられる雰囲気ですし、何より両市とも市役所庁舎を必ず見ておきたいですしね。


【脚注】
*1 『広報いまり』1971年11月号(PDF🔗)1・2頁。
*2 『伊万里市議会だより』2020年2月号(PDF🔗)3頁及び15頁。
*3 『広報伊万里』2020年3月号(PDF🔗)16頁。
*4 『建築年鑑』1964年版172頁。
*5 『広報いまり』1971年8月号(PDF🔗)8頁。
*6 旧藤津郡嬉野町の公会堂として開館。同町は2006年に平成の大合併で市制を施行した。他市が初めて市制を施行した時期は、佐賀市が1889年、唐津市が1932年、鳥栖・多久・伊万里・武雄・鹿島の各市が54年(昭和の大合併)。表中にない小城・神埼両市は平成の大合併により、それぞれ2005年と06年に市制施行。

【撮影年月】
 2019年11月

【参考文献・リンク】伊万里市民会館
『建築年鑑』1964年版 建築年鑑編集会議/美術出版社/1964年/172頁
「市民会館11月末に着工」 ※『広報いまり』1970年12月号(昭和45年、通巻202号)2・3頁(市HP🔗
「市民会館の壁画決まる」 ※同上1971年8月号(昭和46年、通巻210号)8頁(市HP🔗
「待望の市民会館が堂々完成」 ※『広報いまり』11月号(同上、通巻213号)1・2頁(上記リンク参照)
「しんけんちく・にゅうす 伊万里市文化センター」 ※『新建築』1972年2月号(新建築社)109頁
『設計事務所便覧』1980・全国版 勝 重孝/日刊建設工業新聞社/1979年/290頁
「常任委員会報告」 ※『伊万里市議会だより』2020年2月号(令和元年、通巻72号)3頁(市HP🔗
「特集 市民会館の大ホール廃止について」 ※同上15頁
「市民会館大ホールを廃止します」 ※『広報伊万里』2020年3月号(令和2年、通巻793号)16頁(市HP🔗
伊万里市民会館・大ホール廃止へ 12月議会に提案(佐賀新聞LiVE)
工事経歴・沿革(黒木建設HP)
西島伊三雄(Wikipedia)

【参考文献・リンク】佐賀県内における昭和戦後の公共ホール
◎「嬉野市公会堂 ご利用案内」(PDF🔗
嬉野市公会堂が3月末、閉館へ 耐震基準満たさず(佐賀新聞LiVE)
佐賀市民会館16年休館へ 耐震不足、改修困難(佐賀新聞LiVE)
新鹿島市民会館(仮称)基本構想・基本計画とは(鹿島市HP)
さよなら鹿島市民会館 コンサートで別れ惜しむ 嬉野市公会堂も歴史に幕(西日本新聞)
「唐津市文化会館」 ※『新建築』1971年2月号(新建築社)173~178頁
施設利用案内(唐津市文化事業団HP)
唐津市民会館 現地建て替えへ 曳山展示場も同時に(佐賀新聞LiVE)
「しんけんちく・にゅうす 武雄市文化会館」 ※『新建築』1973年10月号(新建築社)157頁
『佐賀の建築50年:建築探検とシンポジウムが明かす佐賀建築の半世紀』丹羽和彦、後藤隆太郎、渕上貴由樹、田口陽子編/日本建築学会九州支部佐賀支所/2010年
「52年間おつかれさま」 ※『広報武雄』2018年4月号(平成30年、通巻146号)5頁(武雄市HP🔗
大ホール(武雄市教育委員会HP)
中央公民館多久市のあゆみ(多久市HP)
「待望の市民文化会館建設に着工」 ※『とす市報』1981年2月1日号(昭和56年、通巻438号)(鳥栖市HP🔗
「文化の殿堂オープン」 ※『とす市報』1982年8月1日号(昭和57年、通巻475号)(上記リンク参照)

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