FC2ブログ
2013/06/21 (Fri) 05:43

西日本渡辺ビル


西日本渡辺ビル (西日本新聞会館ビル)
福岡市中央区天神1丁目4-1/1975年12月/鉄骨鉄筋コンクリート造地上17階地下3階建
設計施工:竹中工務店九州支店 監理:日建設計

前回取り上げた博多大丸福岡天神店が入居するビル、西日本渡辺ビルをご紹介します。天神を訪れる買い物客にとっては大丸のイメージが強い建物ですが、実際には福岡県を地盤とするブロック紙・西日本新聞が所有する複合ビルで、上層階は同紙の本社などが入るオフィスとなっています。

nwb006.jpg

ビルの正式名称は「西日本渡辺ビル」。福岡市の発展に寄与した呉服商・渡辺与八郎の親族企業も開発に携わっており、同社の所有する一連の不動産と同じくビル名に「渡辺」が入ります。ちなみに、このビルが面する天神のメインストリート「渡辺通り」も氏に因んで名付けられたものです。

nwb003.jpg

ビルの北側、大丸の出入口と隣り合う形で設けられた正面玄関。西日本新聞本社などのオフィスに加えてホールも有していることから、上層階の施設名は「西日本新聞会館」となっており、これがビル全体を指す通称として用いられることもあるようです。

nwb019.jpg

先述したホールは最大400人収容の「福岡国際ホール」。なお、改装のため2015年8月初めから9月末まで休館し、同年10月1日(木)に「天神スカイホール」としてリニューアルオープンする予定です。

福岡国際ホールHP



nwb101.jpg

それでは建物を見ていきましょう。汚い落書きで恐縮ですが、大まかな全体像は上図をご参照ください。

nwb007.jpg

外装はオレンジ色のパネル張り。渡辺通りに面したファザードの中央頂部に「西日本新聞」の文字(紙面の題字と同じ字体)が掲げられています。

nwb008.jpg

ビルの下半分は百貨店の売り場ということで窓がほとんどありませんが、上半分はオフィスなので窓が整然と並んでいます。

nwb020.jpg

ファザード1階は壁面を後退させてピロティとし、歩道と一体となった歩行者空間を形成しています。

nwb021.jpg

ピロティ内部。円形に配された照明が洒落てます。

nwb016.jpg

渡辺通4丁目交差点の対角より。如何せん建物の規模が大きく、全景が枠内に収まりきれません。

nwb014.jpg

交差点からさらに南下し、天神ロフト(写真)付近からの遠景。周囲のビルと比べても中々ボリュームが感じられます。

nwb011.jpg

国体道路より右側面。

nwb017.jpg

こちらは左側面。両側に張り出した黒色の部分には階段やエレベーターなどが入っているようです。

nwb018.jpg

左側面にも上層階(西日本新聞会館)の出入口。

nwb012.jpg

福岡市役所広場より背面。竣工当初はいかにも「裏側」といった雰囲気だったようですが、90年代後半に再開発され、西日本新聞のグループ会社が運営する複合施設(エルガーラ)となっています。

nwb010.jpg

周辺のビルの合間から背面全景を望む。

nwb001.jpg

ビル北側の敷地の角、通りから一段下りた所に設けられた広場。

nwb002.jpg

この広場は大丸の地下1・2階に繋がっています。

nwb009.jpg

最後に、渡辺通4丁目交差点から見た夜景。

nwb015.jpg

ビル周辺には福岡市役所(写真中央)や私鉄と高速バスのターミナルなど様々な施設があり、地上にも多くの人々が行き交っています。


(おまけ)

nwb102.jpg
※この画像はお借りしたものです(後述)
西日本新聞 旧本社屋 (旧福岡日日新聞本社屋、現存せず)
福岡市中央区天神1丁目/1926年/鉄筋コンクリート造2階(一部3階)建
設計:倉田謙

西日本新聞の旧本社屋についても併せて取り上げておきます。同紙の前身である福岡日日新聞の本社として1926(大正15)年に建てられた建物で、現在の西日本渡辺ビルの敷地にありました。

※上の画像はブログ「若葉マークの都市建築研究所」のチョロチョロ隼人さんよりお借りしました

若葉マークの都市建築研究所 > 不思議な西日本新聞社屋~福岡天神

nwb004.jpg

建替えのため1970年代前半に解体されましたが、玄関で使用されていた部材が現ビルの正面玄関の左脇に保存されています。

nwb005.jpg

銘板には以下のように書かれています。

旧社屋の玄関柱

この花崗岩は大正十五年から昭和四十七年まで福岡日日新聞社、西日本新聞社の社屋玄関の大主柱の台座の一部として使用されていたものです。ここにそのままを復元し末永く保存いたします。
昭和五十一年一月

西日本新聞社



ちなみにこの旧社屋を設計した倉田謙は、当時の九州帝国大学で建築課長を務めており、現在も九州大学には氏の設計した建物がいくつか残っています。

fllb003.jpg
(参考画像)

そのうちの一つである旧法文学部本館は、西日本新聞の旧社屋と類似したデザインが用いられていることで知られています。石造り風の外装仕上げや軒に巡らされたアーチ、そしてレリーフの模様などが確かに似ていますね。

以上、西日本渡辺ビルでした。



【撮影年月】
2013年3月)001~009
2013年11月)010
2013年12月)011、012
2014年5月)013、014
2015年5月)015~021

【参考文献】
『竹中工務店建築作品集 1969-1989』 竹中工務店九十年史編纂プロジェクトチーム/竹中工務店/1989年

(2015年8月追記)写真の追加や文章の加筆・修正、それに伴う記事の再構成
(2016年5月追記)参考文献の情報を追加


スポンサーサイト



コメント

非公開コメント